狂詩曲Z

 

 シリウスにそういった仕事の斡旋をしている人物は、思いのほかあっさりと見つかった。種を明かせばなんと言うことはない。それは私の知っている人物であったというだけだ。

「シリウスの噂は前々から聞かされていたからな」

 訪れたギルドのプロンテラ支部の来賓質で、彼は問い詰めた私にそう答えた。三十を少し超えた程度の男の魔道師。私の師の旧友であり、以前からギルドに勤めていた彼は私の知らぬ間に立派な幹部の一人にのし上がっていた。

「需要があって、供給があった。別におかしい事ではないだろう」

「それは――――そうかも、しれませんけど」

 淡々と、当たり前のことのように言う彼に私は言葉を濁した。本当はとっくに理解している。誰がなんと言おうと魔術師ギルドのような強大な組織には暗い仕事を請け負う人間が必要で、私達はその仕事の代金で生活していたのだ、という事実ぐらい。

 それを非難するのは、あまりに身勝手だ。なぜなら、ある意味では私そのものがシリウスにそういった仕事を強いていたのだから。

 黙りこんでしまった私に、彼は告げた。

「あいつに死なれて困るのはこちらも同様だ。

 ――――安心しろ。死なない程度には取り計らってやる。旧友のよしみだ」

 その言葉は、彼の立場からすれば確かに破格の譲歩だったのだろう。

 しかし私はそんなせめてもの気使いにも気付くことはなく、その場を後にすることしか出来なかった。

 無力感が、空っぽの胸のうちを苛んでいた。

 

 

 

 

                         

 

 パンドラが打ち放ったファイアーボルトをセーフティーワールで防ぎながら、シリウスは大きく後ろに跳んだ。すぐに耐久限界を迎えたセーフティーワールはガラスが割れるような音を残して砕け散り、阻まれることのなかった数本の炎の矢はそのままシリウスに向かって飛行した。

 着地とほぼ同時、片足でさらに横に飛ぶ。頬を掠めたファイアーボルトの熱を感じながらも、その表情はまるで変化することがない。目の前で展開する事象を全て客観的に捕らえるために、感情というものを決定的に排除したその表情は、そう、仮面のように味気ない。

 ぱちんっ、とシリウスは指を弾いた。空間が歪み、その周囲に幾つもの時空渦が現れる。そこから召還された古代の精霊達は、シリウスの命を受ける必要すら感じさせず真っ直ぐにパンドラに向かう。

「ファイアーワール!」

 パンドラの叫びが聞こえた。空間に出現した炎の壁はシリウスとパンドラの空間とを完全に区切り、断絶する。命令に盲従な精霊達はそれを知ってか知らずか、躊躇いなく炎の中に身を投じ蒸発してしまう。ある意味で、それは投身自殺に近い。

 自身の攻撃が防がれたと悟ったあとも、シリウスに目立った動揺や心情の変化は見られなかった。いや、彼にはこれくらい当然予想のうちだったのだ。

 今まで生きてきた年月の中で、最も多くのことを学んだ幼少期――――その時間を共に過ごした仲だ。互いの手の内も知っていれば、思考の仕方、手の詰め方までもが全て頭の中に入っている。紛れもなく。このままの調子で戦闘を続ければ、それこそ千の夜があけても進展はないだろう。

(いや、むしろそれが狙いか)

 心持ち鋭くなった瞳でパンドラを見据えながら、シリウスは思考する。ジグザグの軌跡で飛翔する雷の矢を二重に展開したセーフティーワールで防ぎ、簡単な公式で展開が可能なナパームビートの式を立てる。魔力の壁が消えるより早く、展開座標を決定し、公式を展開した。

 ある空間を衝撃だけで爆破するナパームビートを防ぐことは、まず不可能だ。なぜならその展開はまさに一瞬であり、展開から相手に影響を与えるまでのラグもない。ボルト系の魔法なら、発現した矢を相手に叩きつけてようやくダメージと相成るが、ナパームビートにはそれがないのだ。展開した瞬間に勝負が決する、それがナパームビートの最大の利点である。

 しかし――――そんな、回避不可能なはずの攻撃を、パンドラはあっさりと回避して見せた。無論、発動ののちに回避した、という意味ではない。こちらがナパームビートを展開する座標を決定し、発現させるまでのその一瞬の隙に彼女が身をひねり、ナパームビートの影響息から身を逸らした、という意味だ。

 不意打ちにはもってこいのナパームビートにも、つまりはそういった欠点がある。まず何よりも、その影響範囲の狭さ。簡略化した公式と計算では、多くの空間に満遍なく衝撃を伝えることなど出来ない。十分な威力を保ちたいなら、その影響範囲はせいぜい大き目のボールひとつ分だ。それを超えると、この攻撃は単なる嫌がらせに成り下がる。

(くそ、やっぱり読まれてるか……)

 舌打ちしながら、それでも顔の表情はひとつも変えることなく、シリウスは横に飛んだ。刹那、それまで彼が立っていた空間を幾つもの光弾が弓なりの軌跡を描きながら貫く。ソウルストライクだ。

 比較的強襲に向いた念属性の魔法のうち、ナパームビートよりも若干演算に時間のかかるソウルストライク。ナパームビートのように空間を指定しそこを爆破するという直接的な魔法ではないが、矢よりも早く空を咲く精霊達の攻撃を、目視のあとで回避できるはずがない。ナパームビートもソウルストライクも、共に展開の速さと回避の難さでは、その比較的簡単な公式も相成りひどく使い勝手のよい呪文となっている。

 それを回避するということは、つまりその発動のタイミングを掴んでいるということだ。相手がどういった行動に移ったとき、どのタイミングでどの呪文を繰り出すか。シリウスはそれを系統的に、パンドラは感覚的に悟っている。

 着地したあとも一度たりとも足を止めることはなく、シリウスは緩急を織り交ぜた走りでパンドラの狙いをはずした。大きく踏み込んだかと思えば足を止め、そのままさらに横に足を運ぶ。そして折々、防がれることを前提に軽めの魔法を展開する。

 いたちごっこだ――――皮肉交じりにそう思ったとき、痺れを切らしたらしいパンドラの声が聞こえた。

「どうしたの、シリウス! 逃げ回るなんて、あなたらしくもない!!」

 それは挑発だったのかもしれない。けどまあ、どうでもいいことだ。仮にパンドラが、シリウスが何も考えずにただ逃げ惑っているだけだと思っているなら、勘違いも甚だしい。

(ったく――――演算が面倒なんだよ!)

 腰の道具袋に突っ込んだままの左手をもぞもぞと動かしながら、シリウスはさらに走る。傍でファイアーボールが弾け、足元にコールドボルトが突き刺さり、止めた身体のすぐ前で目に見えない魔力の塊が爆発する。

 防戦一方のようで、その実片手間にパンドラの攻撃を回避していたシリウスは、不意にぴたりと脚を止めた。背後から迫っていたファイアーボールを、比較的粗い公式を使ったセーフティーワールで防ぐ。炎が弾け、障壁が消え、そしてシリウスはゆっくりとパンドラに向かい合った。

 ねえさん、と呼びかける。

「これは、僕のせめてもの感謝の気持ちだ――――あなたに対しては、あくまでマジシャンとしてありたかった」

「――――?」

 攻撃を仕掛けてくるようではない。哀れみさえ混じった声音に、パンドラは組み立てていたフロストダイバの公式を霧散させた。マジシャンとして? それはどういう――――

「――――そうか。シリウス、いまのあなたはマジシャンじゃなくてアコライトだったものね」

 忌々しく、パンドラは呟いた。そう、いま目の前に居る少年を包んでいる服は、神に仕える者が纏うもの。そういえば、とパンドラは思い出していた。先ほどの再会のとき、この少年はどんな呪文を展開していた? あの時、シリウスを照らしていた光源は、確かルアフではなかったか……!?

「手加減してくれた、ってこと? 優しいわね」

 声に怒りが混じる。速度増加、ブレッシング、エンジェラス――――アコライトの業は幾つもある。けれど、シリウスがこの戦いでそのどれも使っていないことはパンドラがよく理解していた。

 なぜなら、自身の身体能力を高める術を使っていたら、先ほどの膠着状態はなかっただろうからだ。

 シリウスは微かに俯き、震えを押し殺した声で言う。

「あなたの前では、あなたの知る僕でありたかったんだ」

 でもそれもここまで、と少年は繋いだ。

「あなたが僕の邪魔をするなら、僕はあなたに刃を向ける。まして――――まして、ラーシャを巻き込むって言うのなら」

 道具袋から左手を引き抜く。

 手の中の、微かに発行するそれをぽとり、と地面に落とす。

 きっ、とシリウスは顔を上げ、パンドラを険しい顔で見た。

「僕は、あなたを許さない!!」

 

 

 

 

 どくん、と鼓動が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミハルが放った上からの一撃を、横に構えた状態で受け止める。打ち合った剣の表面で火花が散って、柄を握る手に痛みが走った。

「――――っ!」

 何度目かわからぬ衝撃にいいかげん吐く息も失せたのか、ラーシャは鋭い呼吸と共に剣を押し上げミハルのそれを退ける。そのままの勢いを利用して身体を一回転、円の軌跡を描いた刀身が鋭くミハルに迫った。押し上げられ、剣を振り下ろす前の姿勢になったミハルにはこれを防ぐ手段などない。そう思っての攻撃だ。

 しかし――――防げないなら避けるまでといわんばかりに、ミハルは何の抵抗もなく後ろに一歩下がってその一撃を回避する。慣性のまま振りぬかれようとする剣を無理やり手元に引き戻し、ラーシャは小さく舌打ちした。

また、これだ。

「……なかなかやるじゃない」

 幾分驚きを含んだ声で、ミハルが言った。その姿からは疲労など微塵も感じられない。そしてダメージなど、いわんや、だ。まあ、こちらの攻撃なんて一度も入っていないから当然といえば当然なのだが。

 ラーシャは答える気力もなく、ただ柄を握り直した。息が荒い。気を抜けば、疲労が一気に襲ってきそうだ。ぽたりぽたりと頬を伝うのはただの汗だが、そこに赤いものが混じるのもそう遠くないことに思われた。

 やりづらい。何度かミハルと切り結び、ラーシャはその結論を出していた。たぶん、自分とミハルとでは戦い方が違うのだ。敵の攻撃に際し、一歩を踏み込み刀身で受けるか、それとも一歩を退いて回避するか。差は、たぶんそれだけの単純なもの。しかし、それを、相手の攻撃を前に一歩退けるという事実が、両者の実力の差を示している。

 極論すれば、回避に頼るよりも防御に頼ったほうが安全である。回避は言うは易いが、その実行には何よりも精神力を必要とする。相手の間合いを――――相手が奥の手を持っているという前提の上で――――見切り、そのぎりぎりの距離を選択する。近ければ無論失敗だし、遠すぎればそのあとの反撃に繋ぐことが出来ない。攻撃を受けた直後に反撃を繰り出すつもりならば、その攻撃をとりあえず防ぎ、そのあとに攻撃に転ずるといったほうが安全なのだ。

 その安全策をとらず、難しい回避を選択し実際に実行しているというその一点が、ラーシャとミハルの決定的な違いだった。

 そしてそれが、いまこの戦いに絶望的な影を落としている。一撃を受け止めなければならないラーシャは、そのときの衝撃でそろそろ手首の感覚が無くなってきていた。正直にものを言えば、いつ剣が手元を離れ飛んでいってもおかしくない状況にある。それに対し、ミハルはいまだ一撃も受けて、いや、防いですらいない。

 面白くない現実だった。

 

「どうした、お前らしくもない。そんな新人にてこずるな」

 突然の外野からの野次に、ミハルは顔をしかめてそちらを見る。少し離れたところで切り結んでいるアヤとカインだ。

「五月蝿いわね。あなたこそ、人のこと言えないんじゃないの?」

「馬鹿を言え、本職とやり合っているんだ。梃子摺って当然だろう」

 意外そうに言いながら、カインは手の中のナイフを操る。その相手を務めているのは、彼の言うところの本職、シーフのアヤだ。

 アヤは腰を低く構えたまま前後左右への小刻みなステップを繰り返し、隙を見てはナイフの一撃を繰り出している。しかし、それもいまだ相手に傷を負わせるには至っていなかった。

「こんの……野郎…………ッ!」

 憎々しそうにアヤがうめいた。当然だろう。何せカインはそう言いながらも、その実片手間にアヤの攻撃を捌いているのだ。あげく、先ほどからその場所を一歩も動いていない。アヤにしてみれば練習用の藁束に切りつけているような感覚で、それに攻撃を防がれるというその事実はどうにも面白くないことだった。

 いまだ一撃も入れていないが、しかしアヤとて十分役に立っている。さすがに至近距離から多彩な攻撃を繰り出してくるシーフを無視して矢を番えることは無理らしく、カインは仕方なく護身用の安価なナイフでアヤの攻撃を弾かざるを得ない。

 カインの注意がアヤに向けば、その分ラーシャは安全なのだ。とりあえず、背後から突然矢が飛んでくるという事実がないだけでもずいぶんと安心できる。

「そんなことで威張られてもね……」

 呆れたようにそう言って、ちゃきり、とミハルが剣を構えた。それに答え、ラーシャも剣を構えなおす。荒かった息は、だいぶ静かになっていた。疲労が消えたわけではないが、大丈夫、まだ戦える。

 汗で滑りそうになる柄を力強く握り締め、それを目の前まで掲げた。ふう、と静かに息を吐き、自分の敵を見据える。

(勝つ必要は――――ない)

 短く、ラーシャは思った。

(負けなければいい――――せめて、シリウスが戻るまで―――――――――!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予想だにしなかったものがこの世に生を受け、その身体を構築しようとしていた。

 それはシリウスのすぐ傍で。突如地面の一部が胎動をはじめ、あたりに散らばる砕けた床石やら砂やらを正体不明の力でひきつけ、次第に大きな塊を構成していく。

「なっ――――!?」

 パンドラは驚愕の声を上げながら、それでも無意識のうちにソウルストライクの公式を組み立て展開した。しかし放たれた精霊の鏃はその塊を打ち抜くも、ただそれだけで現象を終了する。

 塊に、既にシリウスの背丈を越えるほどの大きさとなった塊に、傷ひとつついてはいなかった。

「無駄だよ、姉さん」

 静かな声で、シリウスは言う。その目は真っ直ぐパンドラに向けられていて、自分の傍らで進展している理解不能な現象なんてまるで気にかけてはいなさそうだ。

 いや――――この現象がシリウスの手によるものだとしたら、驚く必要も何もない。

「別にこれであなたを倒せるとは思わないけど、せめて足止めにはなるだろう」

 ようやくあたりの物を取り込むのを止め、大きくなることを放棄した塊が咆哮を上げる。もっとも、それを咆哮と呼んでいいものか。口もなければ、生命体として認めることすら出来そうにないそれは、まるでアメーバのようにぶよぶよと表面を波立たせている。

「クレイゴーレム、とでも名づけようか」

 小さく、シリウスが呟いた。

「計算が荒いから人型なんて無理だけど、その分他の個所では改良を加えさせてもらった。

 クラウンウィザードオリジナルのゴーレム。姉さん、あなたの相手はこいつだよ!」

 ぱちん、と聞きなれた子気味よい音。

 そして、土砂と床石の破片で出来たアメーバはその表面から突如触手を伸ばし、槍のような速度でその鋭い先端をパンドラに向けて突き出す。

「っ!?」

 事態を理解するより、身体が対処するほうが早かった。何かを考えるより早く横に跳び、触手の一撃をやり過ごす。足を止めている暇はない。ヒドラのごとき勢いで次々と繰り出される触手の攻撃を辛くも回避しつづけながら、パンドラは得意の公式を展開した。

「ファイヤーウォール!」

 自分とアメーバ――――クレイゴーレム?――――を遮るように炎の壁を生み出して、パンドラはようやく一息ついた。さすがに鋼鉄さえ溶かす炎に飛び込むつもりはないのか、触手による攻撃はぴたりと止んだ。

 状況を整理しようとして、パンドラはふとそのことに気が付いた。気配が、いつのまにかひとつ消えている。

(やられた……!)

 顔をしかめ、彼女は胸中で吐き捨てた。シリウスの目的はこれだったのか。自分から彼女の注意を逸らさせる、ただそれだけのためにこのゴーレムは生み出されたというのか。――――いや、考えれば、彼自身がそう言っていたではないか。

 炎の壁が消える。再び、パンドラはクレイゴーレムと対峙した。

 そこに、かの生命体の主たる少年の姿はない。

 パンドラは舌打ちをしながら、高速で射出された石の弾丸を回避した。

 

 

 

 

 

 

 

 幸いだった――――速度増加をかけた身体でピラミッドの中を走りながら、シリウスは柄にもなくそう思った。あの日、昼の砂漠でアヤが矢の代わりに弓に番えて打ち出した弾丸、岩の心臓――――オリジナル。砕こうと思えばいつでも砕けたそれをいまだに持ちつづけていたのは、ただの偶然である。

 通路に横たわった支柱を一足で飛び越え、着地の勢いすら消さずにまた走り出す。あの広場から先ほどの『花畑』までかなりの距離があったが、その道順は全て記憶している。間違えるはずもない。

 誰もいない通路を、シリウスは独りで駆け抜ける。頭上のルアフが左右の壁に影を作るが、ほとんど上下しないその影はまるで一枚絵のようだ。上半身の運び、いや、足の動かし方から何まで全て洗練されたその動作には、やはり過去の天才の名が窺える。

 ずきん、と、直したはずの傷が痛んだ。

(やるしか――――ないのか)

 貌のない顔のまま、シリウスは胸中で絶望する。考えてはいた最悪の展開。過去の仲間が敵に回って、自分はそれを倒すしかない。救いたかったはずの人間を、殺すことしかできない。

そんな現実、

まるで、

本当に、

 

 

……悪夢だ。

 

 

「くそったれ……!」

 誰にでもなく毒づいて、シリウスは狭い通路を駆け抜けた。

 

 

 クレイゴーレムとの決着は、ひどくあっさりと着いてしまった。

「フロストダイバ!」

 触手の攻撃を紙一重でかわし、突き出されたそれに軽くてを触れてパンドラは呪文を展開した。びぎんっ、と音がして、透明な氷が彼女の触れている点を始点にクレイゴーレムの体中を覆っていく。

 数秒も立てずに、クレイゴーレムのその身体は氷に覆われた奇怪なオブジェへと変貌した。しかし魔力の氷に捕らわれてもまだ生命活動は停止していないらしく、氷の中のその表面は何の変哲もないように生々しく波打っている。

 よもやゴーレムを、それもまったく新しい種類のそれを創造されるとは思っていなかったが――――蓋を開けてみれば何ともない。特に動きが素早いわけでもなく、一般のゴーレムとの相違といえばその外見と攻撃方法だけだ。

 あと疑問が残るのは耐久力だけなのだが、こればかりは試してみないとどうにもならない。

「……ライトニングボルト!!」

 最大の魔力と最新の注意を使って組み立てた魔道式を一喝と共に展開する。本来なら公式展開の際に声を上げる必要はないのだが、己の精神を昂揚させるためにそれを行うマジシャンは多い。彼女もその一人だ。

 展開された事象は雷竜の容をとり、空間に描かれた厚みのない魔方陣から次々と放出され氷に閉ざされたゴーレムを貪る。やけに甲高い音が響いて氷が弾け跳んだ。

 水蒸気が立ち込める中、パンドラは注意深く白霧の向こう側を見つめる。霧が晴れたそのとき、そこには先ほどと変わらぬ様相のクレイゴーレムの姿があった。

(硬いわね……)

 顔をしかめ、彼女はうめいた。普通のゴーレムなら三匹、いや四匹は一度に屠れる威力の前に、シリウス特製のゴーレムはさしたるダメージを受けた様子もない。いや、よく見ればその球体をした身体の一部が欠け、純たる球ではなくなっている。

 まるで効いていない、というわけでもなさそうだ。時間はかかるが、倒せないこともないだろう。

(まあ……少しぐらい、あなたに付き合ってあげるわよ、シリウス。

 あなたが望むなら、あなたの目の前でラーシャを殺して――――オシリスに頼みましょう。あなたも、それがいいんでしょう……?)

 柔らかな笑み。

 誰にでもなく微笑みを浮かべたパンドラは、小さな動作でゴーレムの錐のような触手を回避した。