写真




 彼女が死んだ。

 死んで、たった一握りの灰になってしまった。



 二月の寒い朝だった。太陽すらも目覚めていないほどに早い朝。

 僕は薄暗いアパートの一室で、テーブルの上に置いた安物のコーヒーカップの中で音もなく燃える一枚の写真を眺めていた。淀んだ、腐りかけた空気が部屋の中を満たし、弱々しい小さな炎が数少ない調度品を僅かに照らしていた。

 実家から持ってきた旧型のソニー製十五インチテレビも、ひとり暮しをはじめたばかりの頃にリサイクルショップで買ったパイプペッドも、文庫本ばかりが詰まった小さな本棚も、すっかり色あせてしまったカーテンも。

みんな、光と影のあいまいな境界線の上に存在していた。



 彼女について少し語ろう。

 少し、とは言っても、それは僕の知る彼女のすべてだ。



 彼女は僕と同じ大学に通う、今年の春に一緒に三年生に進学するはずだった女性だ。民俗学を専攻し、読書家で、暇なときはよく図書室で本を読んでいた。レパートリーは実に豊富だった。ダニエル・キイス、宮崎駿、芥川竜之介、J.R.R.トールキン、村上春樹。時々星新一を読んでいたりもした。

 僕が彼女と出会ったのも、大学の図書室でのことだった。

 大学に入ったばかりの頃、彼女が突然、僕にスペイン語の授業のノートを貸してくれと言ってきたのだ。



「お願い、他に引き受けてくれそうな人が居ないのよ」

「……僕、君のこと知らないんだけど」僕は読みかけの本――――灰谷健次郎の「兎の眼」だ――――にしおりを挟み、椅子に座ったまま彼女を見上げて応えた。

「そう言えば、それもそうね」

 僕の言葉に納得したように彼女は言い、そして簡単に自己紹介をした。名前、年齢、生年月日……僕に教えたところでどうにもならないそられを一通り並べたあと、改まったように彼女は言った。

「あなたも、確かスペイン語を受講してるでしょ?」

「ああ。よく知ってるね」

「……一応、さっきの講義のあいだ隣に居たのよ。気付いてなかったみたいだけど」言って、彼女は疲れたように息を吐いた。右の耳だけにつけられた小さな銀色のイヤリングが微かに揺れる。「まあ、それはいいから。ノート貸して。お願い」

「……一応、訊くけど」

「なに?」

「返してくれるよね?」

「もちろん」彼女は笑いながら言った。



 そうして僕たちはお互いを知り、何度か会ううちにより深くお互いのことを知るようになっていった。彼女は紅茶よりもコーヒーの方が好きで、ケーキよりもパイのほうが好きだということ。外国人作家より、日本の作家の方が好きだと言うこと。邦画が嫌いで、甘ったるいラヴ・ロマンスも嫌いだということ。ポップスは嫌いではないけど、でもバラードの方が好きだと言うこと。実家は札幌にあり、小さな和菓子店を経営しているということ――――



「親は調理師の資格を取れって五月蝿かったわ」

 梅雨明けの日曜日。僕たちはバイトに暇を作り、隣の市にある美術館に行って来た帰りだった。電車を下り、駅を出て、まだどこか湿り気を残したような街並みを肩を並べて歩く。

「明治から続く伝統の味を途絶えさせる気か、って。ほんとにもう、うんざり。伝統だとか、名誉だとか、誇りだとか、とっても下らないことだと思わない?」

「同感だよ。でも」

「でも?」

「君の作ったお菓子なら、少しは食べてみたいかも」

 夜の街並みは、静かな活気に満ちていた。空を見上げれば、星の数以上にネオンの明かりが視界に映り、耳には車の排気音やクラクション、そして人々の喧騒が届く。

 僕はいつの間にか笑みを浮かべていた。



 夏が終わる頃、僕は大学に近い喫茶店に彼女を呼び出し、自分の気持ちを伝えた。君が好きだということ、そしてその気持ちがどうしようもなく大きく膨らんでいるということ。そんなことを。

「まさか、そんな月並みな台詞聞かされるとは思わなかったわ」しばらくして、彼女は言った。そして、ウエイトレスが運んできたお冷を一口、もったいぶるように飲む。

「月並みな台詞でしか――――」そんな彼女を見ながら、僕は言った。「表現できないんだよ。僕の場合」

「僕の場合」

 彼女は繰り返した。昼食時で込んだ店内を埋める学生たちが、各々の話に花を咲かせている。その隙間を縫うように、トレイに皿を載せたウエイトレスが行き来していた。耳には最近流行りの、名前すら知らないポップスが届く。時代の中に生まれ、なにも残すことなく消えていく類の音楽だ。そんな幻想の中で、彼女が面白そうに笑った。

「普通の人は、こんなときにそんなこと言わないわよ」

「そうかな?」

「そうよ」自信たっぷりに、彼女は言った。「それに、正直、なにを今更って気もするわよ」

「どう言う意味?」僕は訊き返した。

「つまり――――」彼女は笑いながら、それでも少しは照れているのか、頬を僅かに紅潮させながら言った。「私は、前からもう私たちは付き合ってるもんだとばっか思ってた、って意味よ」



 そして、僕たちは名実ともに「恋人同士」となった。



 もっとも、それですぐに何かがどうなるといった訳ではなかった。彼女が言ったとおり、既にそれに近いだけのことをやっていたのだから、当然と言えばそれも当然かもしれなかった。それでも昼食は必ず一緒に摂り、二人ともバイトが休みのときには講義をサボってまで映画に行ったり、美術館に行ったりした。僕は同じ言語学を専攻する友達にからかわれ、だけど同時にそれを楽しんでもいた。

 楽しい日々は音もなく過ぎ去り、そして僕らの世界に寒い冬がやってきた。

 クリスマス・イヴは一緒に過ごした。僕はこの日のためにバイト代を稼ぎ、彼女に香水をプレゼントした。他人に、しかも女性に物をあげるなんて生まれて始めてのことだった。ひどく緊張したけれど、それでもなんとか無事にプレゼントできた。

 代わりに、彼女は僕に手編みの手袋をくれた。「月並みだけど……」と自嘲しながら言っていたけど、とても嬉しかった。右の中指が微妙に長く、左の小指が逆に微妙に短かったけれど、それはとても暖かかった。

 僕らは彼女の綺麗なアパートで小さなパーティーを開いていた。そこは、少なくともワンルームで異様に狭い僕のアパートに比べれば高級ホテルのスイートに近い綺麗さと広さだった。

 壁に貼られた、赤いペンでいろいろと書き込まれ世界地図も、部屋の隅にあるミディアム・ブルーの小さな冷蔵庫も、二十四インチのテレビもDVDプレーヤーも、僕の部屋にはなかった。DVDは、洋画の有名どころは一通りそろっているようだった。僕らは彼女が薦める「ジュラシック・パーク」を見、「インデペンデンス・デイ」を字幕で見た。

「やっぱり、字幕の方がいいわね」

 「インデペンデンス・デイ」のDVDをケースに戻し、彼女は言った。

「そうかな」僕はグラスに入った生ぬるいコーラを飲みながら言った。二人とも、まだ酒を飲める年齢ではなかった。「僕は、吹き替えの方が好きだけど」

「吹き替えはだめよ」彼女は断言した。「字幕の方が、よっぽど上手いわ」

それは同感だった。

 

帰り際、僕たちは始めて唇を重ねた。

 もう二十四日は終わっていた。

 メリークリスマス、と僕は言った。

 メリークリスマス、と彼女は言った。



 年末は実家に帰らず、僕はずっとアパートに居た。

 元日には彼女が訪ねてきて、二人で初詣に行った。大きな、有名どころの神社を避け、街の郊外にある寂れた神社に僕たちは向かった。まだ朝早いと言うのに、僕らのほかに参拝客は誰もいなかった。狭い参道の入り口で、石造りの狛犬が僕らを怪訝そうに眺めていた。

「願い事、かなうのかな?」

 朽ちた綱の先に見える鐘を見上げながら、僕はぼやいた。色あせた綱は、元の色を完全に失い、萎びた葱のように力なく垂れ下がっていた。

「かなうと思えば、かなうんじゃないの?」

 賽銭箱に五十円玉を投げ込みながら、彼女が言った。

「そんなものかな」

 僕は言い、財布から五円玉を取り出して賽銭箱に投げ込んだ。

「そんなものよ」

 彼女が言い、五円玉の軽い音がした。



 一年の始まる月は、他の月と寸分の狂いも無く過ぎていった。少なくとも、そう思える日々が僕の周りでは過ぎていった。でももちろんそんなことはありえない。同じ時間は二度と廻りはしないし、同じ瞬間が未来に訪れるはずもない。僕らの関係は、以前にもまして親密になっていった。

 一月が終わり、二月が来た。僕はシューズを買い替え、彼女は少し伸びた髪を切った。

 寒さがだんだんと緩み始める中、日付は二十四日を示した。



「はい、これ」

 ベッドの中で、僕は隣の彼女に小さな小包を手渡した。その日、僕たちは始めて身体を重ねていた。彼女はあらわになった胸を隠すでもなく、僕のアパートの小さなベッドの上で怪訝そうな顔をして包みを開けた。

「これ……」彼女は驚いたような声を上げ、僕の顔を見返した。僕は微笑み、彼女に返す。

「ハッピー・バースデイ」

 今日は、彼女の誕生日だった。僕は今日のためにバイトを少し多めに入れ、服を彼女に贈った。若草色をした、身軽そうなワンピース。決して高級な服ではないけれど、僕が五時間も掛けて選んだ、彼女に一番ぴたりと来るだろう服。

 彼女は服の入った紙袋を抱き、震える声で僕に言った。

「覚えててくれたんだ」

「まあね」

「絶対……忘れてると思ったのに」

「まさか。それに、正直覚えやすい日だったしね」

 僕は笑いながら言った。ヴァレンタイン・デイ。それが彼女の誕生日だった。あの日――――僕らが始めて出会ったときに、彼女が僕に告げた些細な事実。情報。

「ん……ありがと」

 僕から顔を背けながら、彼女は言った。その声は確か震えていたけれど、その中に覗くそれに僕は気付いていた。

「ところで」僕に背中を向け、無言を貫く彼女に僕は言った。自然と顔がほころぶ。「チョコレートは?」

 僕の些細な願いに、彼女は小さく吹き出し、笑った。僕も笑った。



 やがて二月は終わり、本格的に春が到来して僕らは二年生になった。





 春は二人で、大学の近くの川沿いの公園を延々と歩いた。僕は彼女よりも一足早く二十歳(はたち)になった。彼女は僕が贈った若草色のワンピースを纏い、僕はシャツにジーンズと言うほぼ一年を通して変わらぬ格好で、毎週のように彼女と歩いていた。一日何キロ歩いただろう? そのせいで、気がついたときには体重が三キロほど減っていた。靴をまた買い代える羽目になり、新しい靴は僕の足に馴染まず靴擦れを起こした。やせ我慢をして歩く僕を、彼女は苦笑にも似た笑みでずっと見ていた。



 僕が新しい靴に慣れる頃、春が終わり夏がやってきた。大学が夏休みに入ると、僕たちは毎日のように図書館に向かい、読みたいだけ本を読んだ。そして帰りには、その日読んだ本について二人で討論をした。そして僕たちは、お互いの本の趣味が予想以上に似通っていたことに改めて気付かされた。

 それもまた、楽しかった。



 夏が衰退し、季節が秋に変異する頃、僕は手の骨を折った。大学の階段で足を滑らし、手首から落ちたのだ。医者は完治一ヶ月だと僕に告げた。利き手が動かず、ノートを取ることができないその間、ずっと彼女が僕の代わりにノートを取ってくれた。でも専攻講義はそういう訳にもいかなかったので、僕はMP3レコーダーを買って授業の内容を記録した。

 一ヶ月と三日が経ち、腕を固めていたギプスが取れた。久しぶりに自由になった腕は、自分でも意外なほどに軽く感じられた。彼女が全快を祝って簡単なパーティーを開いてくれた。その後で僕たちは、一ヶ月ぶりに身体を重ねた。



 そして、また冬がやってきた。街を行き交う人々がその身体を固くし、色を無くしつつあるコートに身を包む。空気が張り詰め澄み渡り、人々はその寒さから顔を守るために能面を身につける。寒風がビルとビルの間を行きすぎ、全てのものから色を奪っていった。

 僕たちは特に喧嘩もせずにいつものように過ごしていた。三日に一度は僕が彼女のアパートに泊まりに行き、そしてほぼ似たような頻度で彼女が僕のアパートに泊まりに来た。

年が明ける前は、二人で沢山の映画を見た。休みのたびに僕たちはデートを繰り返し、街中の映画館で上映されているすべての映画を見尽くした。

「邦画も悪くないわね」ある日、映画館の帰りに彼女が言った。

「でしょう?」僕は答えた。僕は去年彼女がプレゼントしてくれた手袋をはめていた。

「でも、やっぱり私は洋画の方が好きね。映画の中に動きがあるもの」

「映画と、僕と、どっちが好き?」ふざけて、僕はそんなことを言ってみた。

「馬鹿馬鹿しいこと言わないでよ」

 彼女は笑って答えをはぐらかした。別に本気ではなかったのだけれど、そんな彼女の反応を見て、どっちが好きなのかと本気で知りたいなと思った。

 でも、きっと彼女は「両方」と答えるだろうな、と思った。



 年が明けた。

年が代わる一瞬を、僕たちは同じ部屋の同じベッドの中で過ごした。

「今年もよろしく」隣で寝る彼女に、僕は言った。

「今年もよろしく」微笑みながら、彼女は言った。

 次に目を覚ましたとき、既に時刻は正午を越えていた。僕たちは去年と同じ場所に初詣に行き、去年と同じように僕は五円玉を、彼女は五十円玉を賽銭箱に放った。

 狭い神社には、今年も誰もいなかった。参道の狛犬も、去年と同じように訝しげな眼で僕たちを眺めていた。久しぶりだな、と僕は声に出さずに言った。そうかもしれないな、と狛犬が返したような気がした。



 朝起きて、大学に行って、彼女と会い、講義を受けて、彼女と供に帰る。そんな一日を何回も何回も繰り返し、やがてカレンダーは二月を迎えた。今年のカレンダーは彼女がどこからかもらって来た物で、日めくり式だった。朝起きてまずカレンダーをめくるという習慣が、僕の中に生まれた。そして再びそんな日を繰り返し、やがてカレンダーが二十二日を示した。



 骨のように白いコーヒーカップの中で、写真は音も無く燃えていた。いや、きっと耳を済ませば微かな音が聞こえるのだろう。表面のビニールが弾ける音、冷蔵庫の駆動音、時計の針の音……けどそんなことはどうでもよかった。そんな音なんて、僕は求めていなかった。

 僕は壁のカレンダーを見やった。赤い数字が、「24」を示している。

 彼女が死んだ原因は、彼女の不注意でもなければ過失でもなかった。そこに彼女の事情が介入する、そして僕の事情が介入する必要性は有りはしなかった。

二十二日の深夜、彼女は道路脇を歩いている際、酔っ払いの運転する車に跳ねられ、首の骨を折って死んだ。綺麗な死に方だったと後で聞いた。血の一滴も流さず、苦悶の声一つ上げず、だけれど確実に、彼女は死んでしまった。即死だったとも聞いた。

 そのことを知ったのは、彼女が大学に来ていないことに気付き、講師に尋ねたからだった。講師は苦渋を染み渡らせた面持ちで僕に、彼女が事故に遭ったことと、収容された――――そして実際のところは「回収」された病院先を教えてくれた。



 そして僕は、ぬくもりを失った彼女と再開した。





 その後どうしたか、正直言って覚えていない。気がついたら自分の部屋にいた。部屋に差し込む光は一つと無く、闇が埋め尽くす部屋の中でデジタルの表示板だけが光って見えた。午前三時。僕は明かりをつけることすら思いつかず、そのまま部屋の中に倒れこんだ。

 ひどく頭が痛んだ。まるで二日酔いのように。酒を飲んだのか? 覚えていない。でも、飲んだのかもしれない。冷えた床が僕の火照った頬を冷やしていく。僕を含む空間が歪んでいた。もう救いようが無いほどに、まるで大きな力に無理やりねじられた鉄骨のように、すべてが歪んで感じられた。そこにあるのは嘘だ。捻じ曲げられた嘘ばかりだった。たとえそれ自身が真実であり事実であっても、そこに存在する以上、それは嘘になってしまうのだ。

 違う、と僕は思った。違う、そんなことは無い。これは現実だ。これが現実なんだ、認めろ!

 どれだけそうしていたのだろう――――窓の外が明るみ始め、鳥の泣き声が部屋の中に届き、僕は夜が明けた事を知った。捻じ曲げられた歌声だ。いや、事実の歌声だった。

 たった数時間にしろ、僕はずいぶんと落ち着いていたと思う。オーケー、彼女は死んだ。それは認める。そして、僕は生きている。

 そうだろう?



 夜が明けて、僕は大学を休んだ。そして近くのペンキ工房に行き、いらなくなった一斗缶を一つもらってきた。そのあと僕は管理人に、いらない物が増えたから燃やしたい、屋上の鍵を貸してくれ、と言った。ゴミで出せないのか、と初老の彼は言った。出せない、と僕は言った。エロい本か、と訊かれ、僕は適当に、ああそうだ、と答えた。

 彼はにやり、とげ下卑な笑いで僕を見て、それ以上何も言わずに鍵を貸してくれた。



 そして僕は、アパートの狭い屋上で缶の中にアルバムを――――この一年間、二人で撮りつづけた写真を綴った一冊の本を、そして右の中指が微妙に長く、左の小指が逆に微妙に短い手袋を入れ、その上から灯油を撒いて火をつけた。

 勢いよく上がった炎は、まるで手品でも見ているかのように美しく、かつ壮大に聳えていた。ごお、ごお、ごお。アルバムが燃え、写真が燃え、中に写った僕と彼女が燃える。燃えて、炭になる。手袋は燃えて、何も残らない。

 なにをしているんだろうな、と僕は思った。

 だけどすぐに、これでいいんだ、と僕は呟いた。少なくともそのつもりだった。

 風にかき消されたか、炎の音にかき消されたか。

 その声は、僕の耳にも届かなかった。



 ごお、ごお、ごお。







 すべてが形を崩し終え、火が消えたとき既に日は落ち、あたりは暗闇に包まれ、しんとした静寂と冷気が世界を支配していた。それまで僕はずっと炎を、僕たちの記憶を思い出に昇華させる炎を眺めつづけていた。

 部屋に戻り、ふともう一枚写真が残っていることを思い出した。それは僕の財布の中で、新品の一万円札の隣に並んでいた。去年の秋に、二人で霞ヶ浦まで観光旅行に行ったときのものだ。彼女は黄色いパーカーを薄灰色のシャツの上から羽織り、僕はその隣でいつもと同じ格好をしていた。二人は幸せそうな笑みを顔に浮かべ、こちらを、カメラのシャッターを覗きこんでいた。

 おい、おまえ、と僕は声を掛けた。お前は、彼女に何をしてあげられたんだ?



 彼女は、永遠に十代で在りつづける彼女は、僕といて幸せだったのか?



 僕はすぐに頭を振り、流しに放置したままになっていたコーヒーカップを十分以上掛けて綺麗に拭き、テーブルの上に置いた。右手に写真を持ち、左手に持ったライターで火をつける。緩やかに燃え移った炎は次第にその勢いを増し、やがて火が半分ほどに回った頃、僕は手を離した。写真はコーヒーカップの中に落ち、静かに燃え続ける。

 僕はぼんやりと、燃え続ける最後の写真を眺めていた。





 一瞬を写し取った紙の中で、彼女が燃えていた。




 彼女と僕が燃え尽きたのは、それから五分としない内だった。



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