木洩れ陽喫茶

 

彼女たちの憂鬱


 どうしようも無い程に不満だった。
 例えるなら、そう、晴れ渡った青空に胸を躍らせて散歩に出かけたら、お昼を食べに立ち寄ったファーストフードのお店で土砂降りの雨に見舞われたような気分。どうして、という思いは疑問ではなく既に憤りで、苛立ちだ。その気持ちの矛先が天気というところも、我ながら言いえて妙だろう。こちらの都合や思いの通りにはならないし、寧ろまったく気付いて貰えないどころかなんか全力で勘違いしてんじゃなかろうかと思わなくも無いのだが、それでも。
 それでも――楽しんでいる自分が居る。これからのことを。この雨が止んだら何処に行こうかだとか、景色をがらりと変えてくれる雨にもそれはそれで楽しみが、趣が、素敵なところがあるのだなだとか、地面に落ちて弾ける雨の音はそれがもはや立派な音楽なのだなだとか、もしこの雨があがって、本当に、本当に笑顔のような青空を向けてくれたとき、私はどうなってしまうのだろうかだとか――

「……なにやってるの、ペルセ」
「え? あ、ひゃぁっ!?」

 取り留めの無い思考をつらつらと並べていた彼女は、背後からの声に素っ頓狂な声を上げた。びくりと身体が震え、覗き込んでいた鏡台に思わず手を着いてしまう。それに弾かれるかのように、何本もの小さな筒がばらばらとカーペットの上に転がった。
 しかし彼女はそのことには気付かず、肩で大きな息をしながら背後を振り返った。その顔に、恨みがましいものが浮かぶ。

「プ、プリネ……もぉ、びっくりさせないでよ……」
「ごめんね。けど、呼んでも来なかったから。お風呂、空いたよ?」

 苦笑するように言うのは、銀髪の長い髪を持つ少女、ユギリ・プリネシカだ。今夜はプリネシカが先に浴室を使う日である。そのことは当然知っていたし、なるほど、振り返ってみれば確かにそんな言葉を聞いたような気もするが、まったく意識には留まらなかったらしい。
 ごめんね、とペルセルテが謝ると、しょうがないなぁ、とプリネシカは微笑んだ。その微笑に――自分の妹とは思えぬ程に艶やかなその微笑に、うわ、とペルセルテは息を呑んだ。
 プリネシカは――よりにもよって双子の姉であるペルセルテから見ても、十分、自慢するに足るほどの美人の妹である。普段から髪をストレートに落としているプリネシカだが、お風呂上りということもあり、湿った髪はいつも以上に輝かしい。上気した肌は白さの中に挑発的な赤みを孕んでおり、自覚があるのかどうか、僅かにはだけられたナイトガウンには豊満な胸の膨らみが見て取れる。

「……? どうしたの、ペルセ」
「え、ええとぉ……べ、別に?」

 熱っぽい顔で首を傾げるプリネシカに、ペルセルテは短く答え――その視線を、自分の胸元へと落とした。可能な限り客観的に評価するのなら、別に小さいとは思わない。寧ろ平均から考えれば大きいと呼んでも問題ないのではないか、とも思いはするが、しかし。

「……」

 神様は変なところで不平等で、どうでもいいところで公平であるらしい。
 はぁ、とため息を吐くペルセルテに対し、プリネシカは首を傾げたまま、やおら小さく声を上げた。屈みこみ、鏡台からプリネシカの足元まで転がって行ったらしい小さな筒を拾い上げる。

「ペルセ。これ、どうしたの?」
「どうしたの、って。勿論、買ったのよ」

 さも当然のように答えるペルセルテ。プリネシカは手にした筒の蓋を外すと、筒の基部を回し中に収められていた紅色の塊を押し出した。
 深みのある色をしたそれを蛍光灯に透かすように掲げ、やっぱり、とプリネシカは呟いた。

「セイト社の新作ね。ひょっとしてペルセ、これ、全部?」

 最近急激に名を馳せつつある化粧品メーカーの名を挙げ、カーペットに散らばった筒――ルージュの数々を見渡すプリネシカ。答えの想像が着いているのだろう、その声にはもはや呆れの色が濃い。
 故に、ペルセルテはえへへ、と照れたように笑った。

「ちょっと、頑張っちゃった」
「もぅ……買いすぎだよ、ペルセ」

 プリネシカの言い分はもっともだ。ペルセルテもそのことは重々承知している。ルージュは決して安いものではないし、若い女性の間で人気のブランド品ともなればなおさらだ。
 それほど自覚はないし、そもそも普段は意識をすることも無いのだが――自分たちは、基本的に、資本家の娘である。亡父は高給と名高い神曲楽士という職業に就き、なおかつそれなり以上の実力と名声を保有していた人物である。その父が残した資産は膨大な量であり、その証拠として、いま自分たちが住まっているのは十分すぎるほどに高給なマンションの広すぎる一室なのだ。それこそ、複合企業として名高いオミテックの御曹司とその恋人である精霊がその住居に選ぶようなマンションで、そのことを考えるなら別にこの程度の出費は問題ないとも言えるのだが、

「無駄遣いはダメだからね」
「はぁい。反省してます」

 苦笑するペルセルテの言葉に、おざなりな響きは無い。ペルセルテもプリネシカも、とりわけ浪費に価値を見出すようなものの考えをしてはいないのだ。むしろ無駄な出費は慎むように、と後見人に教育されたこともあり、そういう意味ではむしろ姉妹そろってしっかりとした経済観念を持っているということにもなるのだが、しかし。
 どうにも譲れないというトコロは、存在するのだ。それこそ、しっかりと。
 そのことを十分すぎるほど理解しているのだろう。プリネシカは苦笑を浮かべると、明日だっけ、と問うて来た。
 うん、とペルセルテは頷く。

「そうだよ。明日」
「そっか。コーティカルテさんのことは任せておいて。あんまり自信は無いけどね」
「お願いね、プリネ。ほんっとうに、少しでいいから。ね」
「分かってるよ。頑張るから。……それよりペルセ、お風呂はいいの? お湯、冷めちゃうよ?」
「あ、うん。いま行くよ。ありがと、プリネ」
「ううん、いいよ。あ、けどペルセ」

 鏡台を離れ浴室に向かおうとしたペルセルテを、すれ違い掛かったプリネシカが呼び止めた。
 ペルセルテが振り返ると、ペルセルテは真剣な表情でカーペットに散らばったルージュに視線を飛ばしており、やがて、つい、と転がったルージュのうちの一本を拾い上げた。紅を出してその色合いを確認したあと、満足そうに頷く。

「この一本、貰っても良いかな?」
「うん、いいよ。その色、私には似合わなかったみたいだから」

 プリネシカが選んだのは、どちらかというと落ち着いた色合いのパープルルージュだ。シックな雰囲気は魅力的だが、自分にはどうにも似合わないらしいということは先ほどの吟味で十分すぎるほど実感できていた。
 ん、と嬉しそうに顔を綻ばせるプリネシカ。そんな双子の妹の反応にペルセルテは笑みを浮かべ、まるで自分に似合うルージュを見つけたかのような嬉しさで浴室へと向かった。



 どうにも不満で、どうしようもなく不服で、素直に言うのなら付き合っていられないというのが本音ではあるのだが。

「ごめんね、カティ。変なことに巻き込んで」

 苦笑しながらも、しおらしくそんなことを言われてしまっては、あっさりと無下にするのも気が引けるというものだ。
 折角の休日なのになぁ、と彼、オミ・カティオムは胸の中でひとりごちた。空は気持ちの良い青空で、春を迎えた気候は過ごしやすい温暖なもの。急ぎの用事があるでも無いし、今日は一日、シェルウートゥとのんびりしよう――そう思い肩を並べて出かけた先で、カティオムは知り合いに捕まっていた。偶然出会ったその人物に促されるままにオープンカフェの同じテーブルに着き、数名で顔を突き合わせている。

「……いえ、別に構いませんけど」

 苦いアイスコーヒーを啜り、カティオムは答えた。その隣の席では、長い黒髪を持つ女性が困ったような、しかしどこか楽しげな苦笑を浮かべている。人であっても精霊であっても、その手のものに対する興味というのは変わらぬものなのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えながら、カティオムはその女性の横顔を眺めていた。
 シェルウートゥ・メキナ・エイポーン。
 その名が示すとおり、人間ではない精霊の少女であり、カティオムにとっては、恋仲の相手ということになる。当然それは、人間と精霊という一般的ではない、最後には避けられえぬ別れが、あるいはそれ以前にも多くの障害が予想される関係ではあるが――今のところ、カティオムは自分とシェルウートゥの関係に対し、悲観的な考えを持っていない。なにせ始まりが始まりだったのだ。多少の困難など超えていける自信があるし、色々な意味で目指したいと思う相手が、尊敬し、憧れている相手がすぐ傍に居るというのも大きい。
 それは男性としてという意味でも十分当てはまるし、なにより神曲楽士として、その意味合いを十分に果たしている。
 タタラ・フォロン。そして、コーティカルテ・アパ・ラグランジェス。
 自分とシェルウートゥの一件で力を貸して貰い、おそらくは誰よりも、自分の生き方に、将来に影響を、選択肢を、可能性を示してくれた恩人。
 人と精霊は寄り添いあうことができるのだと。心を共にすることができるのだと、信じさせてくれた人たち。
 素直に言うのなら。
 フォロンとコーティカルテのあり方は、カティオムにとって理想というものの体現であり、嫉妬すら感じずには居られないのだが。

「……」

 それでもこれはどうなんだろう、とカティオムは遠い目をして声を出さずに呟いた。つい、と視線を隣のテーブルに移す。
 新品らしい白のテーブルには、一人の少女の姿があった。ズボンにシャツというらしくない出で立ちで椅子に深く腰掛け、薄い胸の前で手を組んでいる。その表情は険悪という言葉で表現するには過激すぎて、しかし、それ以外のどんな言葉も必要では無さそうだった。気のせいではないのだろうが、その少女が着いたテーブルの周りだけ、妙に人の姿が少ない。注文を取りに来る店員の姿すら無いのだ。その理由も、分からないでは無かった。

「……で。いったい何の罰ゲームなんですか、これは」

 視線を向けていることが少女に気付かれないうちに、カティオムは視線を対面の女性に戻してそう問うた。
 ええと、と彼女は困ったような笑みを浮かべる。

「罰ゲーム、って訳じゃないよ。ちょっと、その。事情があるんだけど」
「いえ、罰ゲームと言ったのは寧ろそちらの方で」
「……そうかな?」
「僕から見れば、大分」

 きょとんとして首を傾げた彼女に、カティオムは静かな確信をもって頷いた。
 シェルウートゥはそんなやりとりに苦笑して、私も、とカティオムに同意する声を上げる。

「カティに同意、かな。なんなんですか、その格好」
「えっと。一応、その、変装ということで……」

 少なからず自覚はあるのか、照れたように答える女性。長い髪を結い上げており、シックな色合いのワンピースを着たその姿は、印象こそ普段と変わらないものの、とても大人びた雰囲気を帯びている。先ほど唐突に声を掛けられた時、思わずどちらさまでしたでしょうか、と問い返してしまったのも無理はないだろう。
 くすり、とシェルウートゥは小さく笑った。

「とてもお似合いですよ、プリネシカさん」
「ありがとうございます」

 そう言って、その女性――ユギリ・プリネシカは、柔らかに微笑んだ。細い腕を覆う薄手の手袋といい椅子に掛けられたレースの施された日傘といい、どこの令嬢かという出で立ちである。実際の所プリネシカは、というかユギリ姉妹は十分に令嬢と呼ぶに相応しい身分で、加えて自分は御曹司と呼ばれるに相応の立場に居るのだが、それはそれだ。そのような言葉を今更省みるには、自分たちは少々無関心フランク過ぎる、とカティオムは思う。
 それで、とシェルウートゥは呟いた。

「これは、どういった事態でしょうか」
「見ての通りですよ」

 首をかしげたシェルウートゥに、プリネシカはさも当然のように微笑み、頷いた。
 その視線は、肩越しに背後へと――オープンカフェの更に外側、通りに広がった店の数々へと向けられている。ニコン市を取り巻く環状線から、少々離れた場所に広がる繁華街の一角。並んでいる店は服飾品が多い。そのせいだろう、通りを行く者たちの多くは買出しに赴く主婦ではなく、まだ若い、男女のペアだ。ニコン市に住む者ならば知らぬものは居ないという、定番中の定番の、デートスポットなのである。
 だからこそ。
 プリネシカは、悪びれなく笑った。

「ペルセとフォロン先輩のデートの、監視中です」

 言葉の通り。
 プリネシカが視線をやる先には、腕を組んでこそ居ないものの、肩を並べて歩く二人の姿があった。
 タタラ・フォロン。
 ユギリ・ペルセルテ。
 両方とも、カティオムにとっては馴染みの深い相手であり、だからこそ、よく分からない。
 確かに、その様子は間違いなくデートである。ただまあ、先を行き次から次へと軒先の商品を見て楽しむのがペルセルテであり、フォロンはそれに置いて行かれないように着いて行っているだけのようにも見えるのだが。何を買おうとしているのかは分からないが、どうやらこの近辺にあるものらしい。先ほどから幾つかの店に入ったり出たりを繰り返しており、場所を大きく動く気配は無さそうだ。

「ずいぶん気合が入ってますね、ペルセルテさん」

 ウィンドウに飾られた春服を前に何かを喋っているらしいペルセルテを眺めながら、くすり、とシェルウートゥが笑った。

「上から下まで、全部この春の新作ですね。今日の為に揃えたんですか?」
「そうだと思います。けど、よく分かりましたね。精霊はファッションとかに興味が無いって思ってましたけど」
「それは偏見ですよ、プリネシカさん。尤も、千差万別なのは認めますけれど。私は、多少、興味がありますよ――カティが似合うって言ってくれましたから。ね、カティ?」
「……急に話を振らないでよ」

 しかもそんな答えにくい問いかけを。
 カティオムは不貞腐れながらアイスコーヒーを吸い上げた。確かに、まぁ、フォロンの隣を弾むように歩くペルセルテの装いは、魅力的だと思う。薄桃色のカーディガンと、若草色のシャツ。彼女らしい活発さを表現したようなミニスカートは、絵の具を溶いた空のよう。似合っているかどうか、と聞かれれば躊躇わずに頷いても問題は無さそうではあるのだが、

「ちょっと、シェルには似合わないかな」
「何が?」
「ペルセみたいな服。シェルには、ちょっと派手すぎるかなって」
「そうかな? 私、ああいうのもちょっと着てみたいと思うんだけど」
「そうなの?」
「うん。……その。カティが、見たいなら、だけど」
「……?」
「えっと……カティは、私のミニスカート姿、見たい?」

 勿論――と即答せずに済んだのは、ここ暫くの間に意味も無く鍛えられた自制心のおかげだろう。
 父親の了承を得て、シェルウートゥと一緒に暮らすようになって――同棲をするようになって、早数ヶ月。色々な意味で濃い毎日が続いており、その点において、逆の意味でカティオムはフォロンのことを尊敬していた。

「けれど、確かに」

 顔を赤らめたシェルウートゥと、ご馳走様、と言わんばかりに満足げな微笑を浮かべるプリネシカには気づかないふりをして、カティオムは呟いた。

「少し、不思議なカップリングではありますね」
「不思議と言うか、信じられない、かな」

 カティオムの言葉を、シェルウートゥがそう補足する。
 カティオムは、ちらりと横目で隣のテーブルを――鬼すらも黙らせそうな不機嫌さで前方の二人を凝視するその少女、コーティカルテ・アパ・ラグランジェスを見やった。プリネシカの言葉を借りるなら、それこそ変装であるのだろう。パンツルックにシャツといった中性的な装いをしているが、そのあまりに印象的な赤の髪だけは誤魔化しきれておらず、そもそも本人にそれを隠そうというつもりが欠片も無さそうなあたり、微妙かもしれない。
 触らぬ神に祟り無し。コーティカルテがこちらの視線に気づく前に、カティオムは懸命に顔を前に向けた。

「よく許しましたね。あのコーティカルテさんが」
「許してなんていませんよ?」

 え、と声を上げるカティオムに、プリネシカは当然のように頷いた。

「あのコーティカルテさんがそんなこと、許してくれる訳が無いじゃないですか」

 妙に朗らかな物言いに、カティオムとシェルウートゥは揃って冷や汗を流した。
 そりゃそうだよな、とカティオムは思う。あの独占欲の塊みたいなお姫様が、そんなことを許すはずが無いのだ。

「本当は今日一日私がコーティカルテさんの担当で、二人のことがばれないようにどこか預かり知らぬ所でのんびりとしようかな、とも思っていたんですけど。朝のうちに、いきなり詰問されちゃいまして」
「喋っちゃった?」
「うん。私だって、自分のことが可愛いもの」

 悪びれもなくにこやかに言って、レモンティーの注がれたカップに口を着けるプリネシカ。しかし、カティオムにはそれを非難するような真似はできなかった。そんなことをすれば、それこそ非道というものだろう。

「尤も、コーティカルテさんにしてみたところで、普段とは違うフォロン先輩のはっきりとした物言いに半分ぐらいは流される形で今日の別行動を承諾してしまったみたいで――いまこうやって、二人を見つけても胸を張って文句を言いに行くのも気まずいらしいです」
「へ、へぇ……でも、フォロンさんからってことは」
「うん。今日のデートは、フォロン先輩のお誘いなの」

 ペルセったら、舞い上がっちゃって。苦笑するように目を細め、プリネシカは遠くでフォロンの腕を取りながら歩く双子の姉を眺めた。
 この距離からでもはっきりと分かる。
 フォロンと肩を並べて歩くペルセルテは、とても楽しそうで、それ以上に幸せそうで。今日という日を、心から満喫しているようだ。
 それに連れ回されている形になるフォロンも、こちらはこちらで楽しんでいるようで――その顔には、笑顔が浮かんでいる。気負いの無いそれは、カティオムにしてみれば、初めて目にするフォロンの表情。
 そのことに違和感を覚え、なるほど、とカティオムは頷いた。

「なるほど。デート、ね」
「そうだよ。変かな?」
「別に。ただまぁ、ペルセルテも災難かな、って」

 カティオムの言葉に、プリネシカが驚いたような顔をする。

「分かるの?」
「大体。君たちもなんだかんだで付き合いが長いし、それに最近、いろいろと表情を気にするようにもなったから。でないと、シェルが時々とんでもないことをしてくれるからね……」
「カ、カティっ」

 一応の自覚はあるのか、カティオムの言葉にシェルウートゥが慌てて制止の声を掛けた。
 どういうこと、と首を傾げたプリネシカには最大限の誠意でもっとそれには答えず、まぁ、とカティオムは頷いた。

「色々仔細は省くとしても、そういう事情なら――僕は傍観、かな。もしフォロンさんが浮気でもしてるっていうなら本気で怒ったたかもしれないけど」
「勝手な判断は駄目だよ、カティ。まだ何も分かってないでしょ?」
「分かってないけど、想像はつくよ。と言うか、プリネも人が悪いね。全部知ってる上で僕たちにそう言ってるんでしょ?」

 まあね、とプリネシカは苦笑した。

「私も私で、少しぐらい、思うことがあるから。今回は、二人に協力しようかなって」
「あら、できてないみたいですけど?」
「そ、それは言わない約束ですよシェルウートゥさん」
「シェルで結構ですよ。私も、プリネと呼ばせてもらいますね」
「そうですか? なら――シェル。シェルは、あの」

 言いながら、プリネシカは視線を隣のテーブルのコーティカルテへと向けた。
 いい感じに眦を吊り上げた赤い髪の少女は、なんというか、火の付いた導火線とか、その辺りの物騒な単語を連想させて止まない。幸いなのはその注意がこちらに向いていないことで、懸念なのは、もしそれが爆発した場合、確実に自分たちにも被害が及ぶというコトだろう。

「あの状態のコーティカルテさんを相手に、何も知らないふりをして世間話とかできます?」
「……ごめんなさい」
「いえいえ」

 しおらしく頭を垂れたシェルウートゥに、優しく微笑むプリネシカ。

「まあそんな訳で、こんなふうに尾行の真似事をしてるんですよ、私たちは」
「……なるほど。ところでプリネシカ」
「なに?」

 きょとん、とする少女に、カティオムは社交的な笑みで問いかけた。

「そういうのを一般的になんて言うか、ってのと、あとついでになんで僕たちを捕まえたのか、ってのを教えてくれると嬉しいんだけど」
「ええと……出刃亀、かな?」
「あ、自覚はあったんですね」

 驚いたように声を上げるシェルウートゥ。
 しかしプリネシカはそれに気づいた素振りを見せず、だって、と呟いた。

「暇だったから。話し相手が欲しくなっちゃって」
「だからって、何で僕らを……」
「偶然、かな。丁度、デート中のカティとシェルが見えたから。他意は無いよ」
「あったら少しぐらい怒ってましたけどね。まぁ、あのコーティカルテさんと二人きりで一緒に居ろってのがそもそも酷な注文か……」
「――どうでもいいがな。貴様ら、あとで覚えておけよ」

 唐突に聞こえた、底冷えするような声――それこそ地獄の釜の底から聞こえてくるような声に、カティオムはその身体を瞬間的に硬直させていた。そんなカティオムに気づいた様子も無く、シェルウートゥとペルセルテはそれぞれのカップを傾ける。
 しかし、そんな二人の頬を一条の汗が伝っていたことを、カティオムはしっかりと見て取っていた。



 ようやく静かになった隣席に対し、ふん、と苛立ちの混じった息を吐く。
 コーティカルテは腕を組んだままチェアに深く腰掛け、視線を街並みへと戻した。正確には、目の前に広がる繁華街のその一角。服飾店が軒を連ねる地点で、見覚えのある――と言うか、見覚えのありすぎる青年が生意気な小娘に手を引かれながら連れ回されている様を、しっかりと目で追いかける。
 通りはそれぞれの用件で歩を進める者たちでごった返しているが、その青年、タタラ・フォロンは割りと長身なので目を引く。首の後ろで軽く結わえた髪型も、印象的と言えば印象的だ。だが、そんなことなどは関係無しに、コーティカルテの視線はフォロンの姿を捕らえて離さない。
 だって、フォロンなのだ。それ以上の理由なんて、無い。

「……」

 だからコーティカルテは、不満という感情を全て押し殺す。歯を食いしばり、自分の身体を拘束するように腕を組み、椅子に縛り付けられているかのように深く腰を下ろすのだ。
 似合っていない。そんな自覚をしっかりと持ちながら、それでも脱ぐことのない帽子の鍔をぐりぐりと弄る。
 髪がしわくちゃになるのを感じながら思い出すのは、今朝のこと。
 一緒に出かけるぞ、と誘ったコーティカルテに、フォロンがきっぱりと告げた一言だ。
 ばかものめ、とコーティカルテは思う。あんなにはっきりと言うことは無いではないか。
 今日はちょっと用事があるから、一人になりたい――そう告げたフォロンの瞳は真剣で、普段とは違うその雰囲気に、思わずその要望を受け入れたコーティカルテであったが、今にしてみれば、なんで頷いてしまったのだ、と思う。まぁ、確かに。少しぐらい、フォロンにも自分の時間が必要なのではないかと思わないではないが、それでも。
 それでも、自分たちは――契約を交わした、間柄なのだ。
 傍に居たいと願い、傍に居たいと言った。
 傍に居て欲しいと願い、傍に居て欲しいと言われた。
 最初は、夜空の下の孤児院の屋上で。それは最初の契約であり、たぶん、それよりもずっと純粋な、二人の約束。
 二度目の契約は、そう――

「……フォロンのばかもの」

 コーティカルテの口から洩れたのは、震えるような罵倒の言葉。
 怒りでも。
 侮蔑でも、悔恨でもない、その感情は。

「……ばか」

 堪え切れない、寂しさだった。



 都合、三軒の店を延々と見て回っていた。ぐるぐると。飽きもせずに。
 どれだけそうしていたのか、よく分からない。ただ必死に考えて、考えて考えて、思い描いて想像して、彼女が喜んでくれるかもしれないと思って嬉しくなって、だから少しでも最高のことをしてあげたくて――フォロンは、時間を忘れていた。自覚の無い稀有な才能、天才的な、否、人外的な集中力を、存分に発揮していた。
 けれど、それももう終わり。
 ありがとうございました、という声を背に洒落た店を出る。扱っているものは主に服と、装飾品の数々だった。一時間も置かずに何度も何度も訪れるフォロンの姿にフロアの店員は最初呆れた様子を滲ませていたが、それでもフォロンがどれほど真剣に物を見ているのかを感じ取ったのだろう。店員の視線はやがて感嘆に変わり、喜びの色さえ滲ませていた。

「どうします、先輩」

 隣を歩くペルセルテが、こちらを見上げるように尋ねてきた。晴れやかな笑顔を浮かべているが、そこにはどうにも隠しきれていない疲労の色がある。
 それもそうか、と思い、フォロンは反省した。店の軒先にぶら下がった時計を見れば、時刻は既に正午を回っている。そろそろ歩き詰めで3時間、といった所だ。付き合って貰ったペルセルテには、悪いことをしてしまった。

「うん……ごめんね、ペルセルテ。折角の休日なのに、付き合って貰っちゃって」
「え? いえ、そんなことは微塵も無いんですけどっ! む、寧ろ、その、私の分の荷物まで持って貰っちゃって……重くないですか?」
「ん? うん、大丈夫」

 抱えるような量の紙袋を揺らし、フォロンはにこりと微笑んだ。フォロン自身の買い物は、ズボンのポケットに入ってしまいそうなほどに小さいのだが、その両手には十近い数の紙袋がぶら下がっている。ここに来る途中で寄ったデパートやらブティックやらでペルセルテが購入した品々だ。嵩の割にそれほど重くはない。その中身は、ほぼ衣服だ。

「けど、そろそろいい時間だね。何処かでお昼にしようか?」
「あ、先輩。それなら私、いいお店知ってますよ」

 くるり、とダンスのようなステップでスカートの裾を翻しながら、ペルセルテはそう提案した。楽しげな笑顔。弾むような声。いつも以上に活発な印象を受けるペルセルテの姿は、まるで遠足を翌日に控えた子供のよう。
 いや、とフォロンは苦笑した。さすがにそれは失礼かな、と。
 フォロンの表情に気づいたのだろう。ペルセルテが、小さく首を傾げた。

「どうしました、先輩?」
「ううん、別に。なんでもないよ。案内してもらってもいいかな? ペルセルテがお勧めっていう、そのお店まで」
「はい、勿論ですっ」

 飛び跳ねるような勢いで頷いて、ペルセルテは歩き出す。

「こっちですよ、先輩」

 何処か恥ずかしげに。
 しかし、躊躇う様子は無さそうに。
 ペルセルテはそう言って、フォロンの手を取った。



 がたん、という乱暴な音を聞いてプリネシカは苦笑した。
 残り少なかったカップの中身を空けて、立ち上がる。傍らのポーチを手に取り、プリネシカは、カティオムとシェルウートゥの二人に向けて口を開いた。

「ん、どうやらここまでみたい。邪魔してごめんね、カティ、シェル」
「いいですよ、別に。気にしないで下さい」
「別に、邪魔だったなんて思っていませんよ。それに、どうやら暢気なことも言っていられない状況みたいですし」

 シェルウートゥの言葉に、そうだね、とプリネシカは苦笑した。
 つい、と視線を横に向ければ、つい先ほどまで鬼もかくやといった様子で椅子に腰掛けていたコーティカルテの姿が無い。赤い髪の精霊は、そこから少し離れた所をゆっくりと――舗装された道を踏み抜かんばかりの雰囲気で、歩いていた。無論、その向かう先は人並みの中に伺えるフォロンとペルセルテの二人であろう。コーティカルテがその場に到着した時に起こりそうなことなど、火を見るよりも明らかだった。

「ペルセも、ちょっと調子に乗っちゃってるかな。気持ちも分からなくはないけど、あんまり急ぐと、それこそ元も子も無いと思うんだけど――放っておく訳にも、いかない、かな」
「あ、ちょっと待ってくださいプリネシカ」

 財布から一枚の紙幣を取り出したプリネシカに、カティオムは声を掛ける。
 ん、とプリネシカは首を傾げた。

「なに? おごってくれるの?」
「いや、自分の分は払ってもらいますよ。僕たちの分は払ってくれなくても結構ですけどね、自分で払いますから。って、そうじゃなくて……プリネシカ。あなたの気持ちは、どうなんです?」
「私の気持ち?」

 うん、とカティオムは頷く。
 プリネシカはしばし言葉に詰まり、

「よく分からない、かな」

 恥ずかしそうに、そう言った。

「カティも意地悪だね。そんなことを聞くなんて」
「そう? でも、僕に――僕らにとっては、大事なことですよ。答え次第で、どう接するかも少し考えなくちゃいけませんしね」

 平然とそう返しながら、カティオムはプリネシカの服装を改めて見遣る。全体的にシックな雰囲気で纏められたそれは、そのまま夜会に出席しても不自然がなさそうだ。何よりも印象的なのは、その唇を飾った控えめな色の口紅である。パープルルージュのそれは、決して目立ちすぎはせず、しかし不思議な存在感でプリネシカという少女を彩っていた。
 ……素直に言うのなら。今日のプリネシカに対し、微妙に言葉が硬くなってしまっていたのは、プリネシカの装いがあまりに綺麗で――まるで、誰かとのデートに向かう乙女のように思えたからだ。
 プリネシカは苦笑する。

「ちょっと意外、かな」
「何が?」
「カティとシェルは、絶対にコーティカルテさんの味方だと思ったから」

 プリネシカの言葉は、実際の所、真実だ。
 人間と精霊。オミ・カティオムとシェルウートゥ・メキナ・エイポーン。その二つの存在が、寄り添ってもよいのだと教えてくれたのは、示してくれたのは、やはり、フォロンとコーティカルテの二名なのだ。だからカティオムは、その二人が結ばれるというのなら心から祝福すると思うし、シェルウートゥもきっとそうしてくれると思っている。そして同時に思うのだ。自分たちもいつか、この二人のように成れるのではないか――いいや。成ろう、と。
 しかし。

「だって君たちは、僕たちの友達だからね」

 カティオムは、落ち着いた調子でそう言った。

「思うことは別にあるけれど、でも、それはそれとして――友人たちの恋愛を応援するのは、間違いじゃないと思うよ」
「私も、カティと同意見」

 擽ったそうに微笑んで、シェルウートゥがカティオムの言葉に同調した。

「プリネもペルセルテも、勿論コーティカルテさんも、私にとってはみんな大事なお友達だもの。……出来れば、みんながそれぞれに幸いであればいいのだけれど」
「……そうですね。きっと、それが一番なんでしょうけれど」

 困ったように言うプリネシカ。
 自分の髪を指先に絡め、弄び――やがて、銀の少女は僅かに頬を赤らめて、呟いた。

「本当に、よく、分からないの。私の、この気持ちがなんなのか」
「プリネシカ」
「ひょっとしたら、ペルセがフォロン先輩のことが好きだから、私もそう思っているだけなのかもしれない。ひょっとしたら、コーティカルテさんがフォロン先輩のことが好きだから、私もそう思っているだけなのかもしれない」

 淡々と、どこか他人事のようにプリネシカは呟いた。
 微動だにせぬ落ち着いたその瞳が、いったい何処を見ているのか。カティオムには分からなかった。

「そもそも、私のこの気持ちが、本当にそういうものなのかも分からないんだ。ほら、私は、その――混ざり物、だから」
「プリネシカ」

 非難するように、カティオムはプリネシカの名を呼んだ。
 ……以前の事件で、偶然知ってしまったその事実。ユギリ・プリネシカという少女が、純粋な人間ではないという現実。
 詳しく聞いた訳ではない。たまたま、その場に居たが故にそのことを告げる言葉が耳に入ってしまっただけだ。しかし、いや、だからこそカティオムはそのことについてプリネシカに、ペルセルテに何も問うていない。いくら友人だからと言ってずけずけと踏み込んでいい問題とは思えなかったし、あるいは友人だからこそ、プリネシカの方から話してくれるのを待とうと思っていた。

「ううん。いいの。聞いて。……私は、結局。神曲楽士だから、フォロン先輩の神曲がとても甘美だから、フォロン先輩を願っているんじゃないか、っていう疑いを、捨て切れていない」

 ふと。
 カティオムは、気づいた。
 あまりに客観的な物言いの中に、隠しきれぬ――それをそうとは思わせぬ薄い皮膜を何層にも重ねながらも、決して隠しきれぬ怒りの響きが混ざっていることに。外ではなく内部へと向かう、嫌悪にすら近い感情が覗いていることに。
 それに気づいたかどうか。くすり、とプリネシカはいつものように小さく笑った。

「だからまだ、様子見、かな。半端な気持ちのままじゃ、きっと、みんなに迷惑を掛けると思うから。……ペルセルテも一歩を踏み出す決意を固めたみたいだから、私もきっと、のんびりはしていられないんだけどね」

 穏やかにそう言って、プリネシカは立ち上がった。

「じゃあね、カティ、シェル。また今度」
「はい」
「またね」

 小さく一礼して席を離れるプリネシカ。
 小走りで人並みをすり抜けるその姿は、まるでデートに遅刻しそうな少女のようで。唯一にして最大の問題点は、その先に居る赤い少女が、既にフォロンたちのすぐ傍まで歩み寄っているということだろうか。
 上手く行けばいいのだけれど。残ったアイスコーヒーを啜り上げながら、カティオムはそう思う。
 カティオムがプリネシカに語ったのは、全て紛れも無い本心だ。自分のことを応援してくれた双子の姉妹に対し、同じように、応援したいという思いがある。しかし、それと同時に、フォロンにはコーティカルテと何時までも共に居て欲しい、生涯の伴侶であって欲しいと願う自分が居るのだ。

「難しいね」

 思っていることは同じなのだろう。シェルウートゥが、ぽつり、と呟いた。

「誰か一人を応援すれば、きっと残り二人が不利になって。けど、三人とも幸せになって欲しいな」
「僕も同感だよ。コーティカルテさんにも、ペルセルテにも――勿論、プリネシカにも。幸せになって欲しい」

 自身では分からないと言っていたが、プリネシカの気持ちはその行動の端々に現れているようにも思う。
 ならばあとは、きっと、本人がそれをどう受け止めるかというだけの話で――しかしそれは、三者が三者とも、同じ問題を抱えているのだろう。
 人は、自分の心さえままならない。精霊だって、きっとそれは同じだろう。
 況や、それが他者の心となれば、だ。
 かたん、と小さな音を立ててカティオムは立ち上がった。椅子に座ったままこちらを見上げる最愛の精霊を見下ろし、微笑む。

「願わくば少しでも多くの幸いがありますように、かな。これから何処に行く?」
「ん……そうね。ヤマガの直営店に行ってみない? カティも、暫くしたら自分の単身楽団、買うんでしょ?」
「そ、それは流石にちょっと気が早いと思うけどね……」

 神曲楽士の卵の少年は、そう言って苦笑した。手を差し出せば、カティオムの手をシェルウートゥがそっと取る。
 童話の中でお姫様をエスコートする王子様のように、カティオムはシェルウートゥの手を握り締めながら、思った。
 どうか神様。僕たちと、僕たちの周りの人が、少しでも幸いになれますように。



 背後から突然声を掛けられ、フォロンは驚きを隠せぬままに後ろを振り返った。ごった返す人波の中、そこだけがまるで何かを忌避するようにぽっかりと拓けており、その中心に見慣れぬ一人の少女が立っていた。
 否。
 見慣れぬ少女などで、ある筈が無い。

「コーティカルテ?」

 信じられない、と言外に孕んだ声音でフォロンはその少女の名を呼んだ。振り向いた瞬間に覚えた違和感は、既に無い。確かに見慣れぬ格好ではあるが、そもそも少女の何よりの特徴である炎のような髪は少しも隠されておらず、傲然とこちらを見上げる顔のその瞳は、フォロンにとって誰よりも見慣れた者のそれである。いいや、それを言うのなら――違和感なんて、本当に一瞬で消えてしまっていたのだ。
 格好がどうとか、表情がどうとかの話ではない。だって、少女はコーティカルテなのだから。他の誰でもない、フォロンこそが、それを見抜けぬ筈が無かった。
 シャツとズボンという、まるで少年のような服装のコーティカルテは、道の真ん中で腕を組んでおり、その燃えるような瞳にはどんな感情よりも強い怒りの色があった。

「フォロン。おまえ、こんな所で何をしている」
「何って――」

 困惑を隠せないフォロン。両手に抱えきれないほどの紙袋を持ったまま、目を白黒させる。

「……フォロン?」

 後ろめたさも罪悪感も何も無いその反応に、逆にコーティカルテは不審を抱いたようだった。
 眦を吊り上げ、険悪な顔をしながらも、伺うような視線をフォロンへと向ける。

「答えろ、フォロン」
「えっと……その、僕は……別に。何も」
「つくならもっとマシな嘘をつけ、フォロン。何も無い訳があるか。だいたい、」

 す、と。
 コーティカルテの言葉を遮って、ペルセルテがフォロンの前に出た。まるでフォロンを庇うかのように。
 む、とコーティカルテはあからさまに顔を顰める。不機嫌そうに、告げた。

「そこをどけ、小娘」
「嫌です。どきません」

 きっぱりとした否定は、いっそ清々しいほどのものだ。
 着飾ったペルセルテはコーティカルテの姿を上から下まで眺め見て、はぁ、と疲れたような息を吐く。

「なんでそんな格好をしているのか、興味はありませんしと言うかまぁ大体想像がつきますけど――もう少しだけ、我慢してください」
「我慢しろだと? 巫戯けるな。なんの権利があって、おまえがそんなコトを言える」
「役得です」

 きっぱりと不思議な単語を言い切るペルセルテに、コーティカルテは憤りさえ忘れて、は、と間の抜けた疑問の声を上げていた。

「……役得? なんの話だ?」
「こっちの話です」

 にべも無く返すペルセルテ。フォロンがそうであるように、そこにはコーティカルテに対する罪悪感や後ろめたさなんて欠片も無い。ただ、そこには隠し切れない、いいや、隠すつもりも無さそうな、不満の色がある。

「そりゃ勿論、ずっとこんなことが続くなんて思っていませんでしたけど。だからって、早すぎですよ、コーティカルテさん」
「う、うむ。すまん」

 なんで私が謝っているのか。ひたすら冷静にそう思いながらも、コーティカルテはペルセルテの静かな迫力に逆らえないで居た。
 ペルセルテはそんなコーティカルテと、何が起こっているのか――自分が慕われていることと、その鞘当が割と本人置いてけぼりで進行されていることなど欠片も気付いていない雰囲気できょとんとしてるフォロンとを順繰りに眺め、やがて大きく息を吐いた。隠し切れないほどの疲労と呆れ、そして苦笑を含んだ嘆息。
 しょうがないなぁ、とペルセルテは微笑んだ。

「潮時みたいですよ、フォロン先輩」
「え? あ……そう、かもね」
「ええ、きっとそうです。だから先輩、早く渡して上げてください。荷物、地面に置いてくれていいですから」
「そう? ごめんね、ペルセルテ」

 照れたように微笑みながら、フォロンは両手に抱えていた紙袋を地面に下ろした。そして空いた手で着ているズボンのポケットを探り、中から小さな――手のひらに収まってしまいそうな、小さな紙袋を取り出す。

「コーティカルテ」
「……なんだ、フォロン。言っておくが、言い訳なら聞かんぞ」
「えっと、よく分かんないんだけど……その。これ、コーティに」

 静々と差し出された紙袋に、え、とコーティカルテは小さく声を上げていた。

「私に、だと?」
「うん。その……コーティが、こういうのあんまり好きじゃない、ってのは知ってるんだけど。でも、受け取ってくれないかな」

 はにかむような物言いのフォロンに、コーティカルテは眉を顰める。差し出された手に乗せられた紙袋と、何かを期待するかのようなフォロンの顔とを交互に見比べ、やれやれ、と肩をすくめた。

「なんだと言うのだ、いったい」

 ぼやきながら、コーティカルテはフォロンの手から紙袋を受け取った。妙に軽い。振ると、微かに音がした。

「開けてもいいのか?」
「うん。お願い」

 頼む側が逆だろう、とは思いながらもいつものことなので口にはせず、コーティカルテは紙袋の封を解く。逆さにして振ると、中から小さな何かがぽろりと落ち、中身を受け止める為に広げていたコーティカルテの手に収まった。
 ふむ、とコーティカルテは手のひらの中のそれに視線を落とし、え、と声を上げた。

「――フォロン。これは」
「うん。その……似合うかな、って」

 擽ったそうに言うフォロンの声が聞こえたが、コーティカルテは自分の手のひらから視線を逸らすことが出来なかった。
 赤い、小さな花がそこにある。生花ではない。形は薔薇に似ており、繊細な花弁の代わりに静々と光る硝子の花弁が、何重にも連なっていた。裏を見ると金属の土台があり、位置を留めるためのピンが着いている。
 コサージュ。
 深みのある赤が印象的な、薔薇を模した丁寧な造りの硝子華。

「これを、私に?」
「うん」

 穏やかな笑顔で、しかししっかりと頷くフォロン。

「あんまりこういうのに詳しくないから、ペルセルテに選ぶのを手伝ってもらっちゃったけど……気に入ってくれると嬉しいいな」
「……つまりその、何だ。フォロン。おまえは、これを買うために、わざわざ私と別行動を取ったのか?」
「ま、まあ、ね。一応、プレゼントのつもりだから。記念日の」
「――記念日?」

 唐突な単語に、コーティカルテはぼんやりと聞き返した。
 うん、とフォロンははにかむように頷く。

「僕たちの、再会記念日。覚えてない?」
「――」

 そんな聞き方は卑怯だ、とコーティカルテは思う。
 あどけない顔で、幸せを噛み締めるような微笑で。春の太陽を思わせる瞳で、けれどそこには、否定されたらどうしよう、という悲しみにも似た不安が僅かに滲んでいて。
 だからコーティカルテは俯き、小さな声でフォロンを罵った。

「ばかもの。覚えていない筈が、無いだろう」

 それは、震えを無理やりに押し殺した、硬い声。
 そう。覚えていないなんていう道理が、ある筈が無いのだ。
 あの夜。孤児院の屋上での一幕。
 拙い契約。約束。
 別離。
 飢え。
 乾き。
 13年間。
 懐かしの旋律――再会。
 いまでも、目を閉じれば夢のように全てが浮かぶ。
 正直に言うのなら。
 13年。否、16年。フォロンと出会ってからの時間は、精霊であるコーティカルテにとって、決して長い時間ではない。そもそも一年などという概念は、人間が一巡する季節に対し勝手に宛がった単位でしかないのだ。いや、そのことを考えずとも、悠久に近い時を生きてきたコーティカルテにとって、タタラ・フォロンという人間と共に歩いた時間など、星の瞬きにすら満たないだろう。
 しかし、その意味は。
 共に過ごしてきた時間は、幽閉され、引き離され、封じられていた時間でさえも含めて、まるで、奇跡のように素晴らしく、輝石のように価値のあるものだ。
 たかが13年。
 されど、13年。
 いままでの時間と、これからの時間を考えるのなら、きっと比率的には限りなくゼロに近くなるであろうその日々は、あまりにも決定的に自分を変えてしまったと、コーティカルテは思う。
 ……否。
 愚か者、とコーティカルテは自嘲した。もう忘れたか、と思う。忘れるものか、と思った。
 つい先日の話だ。フォロンの元に転がり込んできた、とある祭事イベントの参加以来。その時に発覚した、フォロンの歪んだ――歪ませてしまった、感性。
 コーティカルテ・アパ・ラグランジェスという精霊が、タタラ・フォロンという神曲楽士に合わせ自らを調律したのと同様に。
 タタラ・フォロンという神曲楽士が、コーティカルテ・アパ・ラグランジェスという精霊に合わせ自らの感性を調整したのだという事実。
 13年という時間は、自分たちにあまりに多くのものを与え、変えてしまったように思う。
 だから。

「……馬鹿者」

 コーティカルテは、不機嫌そうに呟いた。



 不機嫌そうに呟いたコーティカルテはゆっくりと顔を上げ、フォロンを見上げる。
 赤い髪の精霊が浮かべていたのは、呆れたような、諦めたような、そんな――そのようには見える、表情だった。

「私が人間相手の贈り物などで喜ぶとでも思ったのか、フォロン」
「……ごめん。あんまり、人に物を贈るってのに慣れてなくて」
「知っている。大体が不器用なのだからな、フォロンは。あまり無理をするな」

 断定的な言葉には、しかし、棘が無い。
 微かに歪んだその口端に滲んでいたのは、隠そうとしても隠し切れない微笑だった。
 ふん、とつまらなそうに息を吐きながら、コーティカルテは手の中でコサージュを弄ぶ。その身体が不意に赤い光に――否、コーティカルテ自身の精霊雷に包まれた。
 閃光は、僅かに一瞬。
 精霊雷は瞬きよりも早く収まり、その中から一柱の少女が姿を見せる。コーティカルテ・アパ・ラグランジェス。タタラ・フォロンの契約精霊にして、かつて紅の殲滅姫と恐れられた上級精霊。
 その出で立ちは、少年のそれを思わせる不似合いなそれではなくて、コーティカルテが普段から身に纏っている、彼女らしい私服だった。
 大体だな、とコーティカルテは言う。見慣れた格好で。いつも通りのの雰囲気で。腰に手を当て、何処か胸を張るように。

「精霊にこんなものを贈っても仕方が無いぞ。この手のものは、幾らでも作り出せるからな」
「それはそうなんだけどね」

 苦笑しながら、フォロンは肯定した。精霊は、自らが持つ精霊雷を圧縮・物質化することで、装飾品を含む衣服を自由に作り出すことが出来る。無論、得手不得手は存在するし、限界のようなものもあるようだが、それでも基本的に精霊――特にフヌビットの形態を取る精霊たちに関して言うのなら、衣服、というものはわざわざ外部から調達する必要の無いものと言える。
 言える、のではあるが。

「……まったく」

 呟きながら、コーティカルテは改めて自らが弄ぶコサージュに視線を落とした。普段使用する衣服を作る――どころか、大岩を圧縮させることで宝石さえ創造することが可能なコーティカルテにとって、おそらくそれは、大した価値を持ちはしない。
 しかしコーティカルテは、つまらなそうな顔をしたあと、おもむろにその造花を自らの胸元に飾った。

「……コーティ?」
「なんだ、フォロン。何かおかしい所でもあるのか?」

 逆に驚きさえ覚えたフォロンに、コーティカルテは首を傾げる。

「つけてくれるの?」
「……フォロン」

 コーティカルテは、はぁ、と呆れたように息を吐いた。

「これは、おまえが私にくれると言ったのだぞ?」
「それは……そうだけど。でも、」
「でも、ではない。まったく……価値など二の次だ、フォロン。私は、おまえが私に物を贈ってくれようとしたというその気持ちが、何よりも嬉しいぞ」
「……ん。そっか」

 苦笑しながら、フォロンは頷いた。別段コーティカルテに限ったことではないが、人間よりもよほど精神的な存在である精霊は、その分、純粋な好意を貴ぶ傾向がある。それは神曲楽士として、またフォロン個人としても重々承知していた事柄ではあるが――それでも、実際にそう言われて、安堵の息を吐いた自分が居た。コーティカルテが喜んでくれて、嬉しい、と思う自分が居た。
 そんなフォロンに気づいたかどうか、尤も、とコーティカルテは呟いた。からかうような視線でこちらを見上げ、言葉を続ける。

「私にしてみれば、どんな輝石よりもフォロン、おまえが奏でる神曲の方がよほど価値があるのだがな?」
「うん、知ってる。帰ったら弾かせてもらうよ」
「ああ、楽しみにさせてもらうぞ。しかし、どうしてまたこんなものを?」
「ん……ちょっと、ね」

 胸の造花を弄ぶコーティカルテに、フォロンは言葉を濁す。
 しかし、フォロン、とコーティカルテに疑問の声を上げられ、フォロンは恥ずかしそうにはにかんだ。

「考えてみれば、いままでずっと……学院に居た頃から、コーティには神曲ぐらいしか贈れてなかったから」
「そうでもないぞ。フォロンの作る卵サンドは好物だからな」

 苦笑しながらそう言うコーティカルテに、フォロンはありがとう、と微笑んで、

「いい雰囲気の所申し訳ありませんが」

 ずい、と横から割り込んできたペルセルテに、わ、と声を上げていた。

「私のこと、忘れてません?」



 不機嫌そうな、あるいは不貞腐れたような顔で乱入してきたペルセルテに、コーティカルテは反射的に何かを言おうとして――

「……あぁ」

 そんな、気の抜けた呟きを発した。
 その反応が逆に不服なのか、ペルセルテは恨みがましそうな目をコーティカルテへと向ける。

「……なんですか? 言いたいことがあるなら、どうぞ」
「いや……その、なんだ」

 コーティカルテは、彼女を知る者ならば誰もが首を傾げるか目を疑うような、そんな言い難そうな声で呟く。

「す、すまん、な? 色々と」
「…………同情なんて、要りませんよぅ」

 がくり、と肩を落とすペルセルテ。無理もない、とコーティカルテは他人事のように思った。
 改めて、目の前の小娘の――少女の姿を見やる。あまり人間の衣服の流行については敏くないコーティカルテだが、それでもなお初見でそうと知れる程に力が入ってる装い。むらが無く均等に、しかし決して過度にはならないように施された化粧は、客観的に見てもペルセルテという少女の魅力をより引き立てているように感じられる。成程、それらは男女の逢瀬に相応しいものであるように思えるし、実際、先ほどまでのフォロンとペルセルテの振る舞いは明白にデートのそれだったのだが――

「いや、しかし。……なぁ?」
「……?」

 コーティカルテは申し訳なさそうにフォロンの顔を見やるが、鈍い神曲楽士は不思議そうに首を傾げただけだった。
 はぁ、とコーティカルテは息を吐く。いい気味だ、という思いは確かにあるが、それ以上にやはり、ペルセルテへの同情の思いが強い。なにせ、傍から見ていてはっきりそうと知れる程度に好意を抱いている異性フォロン とデートをしながら、当の相手は他の女コーティカルテへのプレゼントを選んでいたのだ。しかも本人にはなんの悪気も無く、むしろそれが当然であるかのように。
 その事実は、コーティカルテにとって胸が満ち足りるほどの喜びではあるが――それに付き合わされた人間の少女のことを思うと、ほんの少しではあるが、申し訳なさを感じてしまう。
 色々ない意味で不満げなペルセルテと視線を交わしながら、コーティカルテはどうしたものかと途方に暮れ、

「こんにちは、フォロン先輩、ペルセ。偶然ですね」

 いけいけしゃあしゃあと背後から聞こえたその声に、む、と顔をしかめた。

「え? あ――プリネ!? 嘘、どうしたのその格好!?」

 ペルセルテが驚きの声を上げる。コーティカルテが首だけで後ろを向くと、すぐそこにユギリ・プリネシカが立っていた。
 ん、とプリネシカは小さく微笑む。フォロンを相手に小さく礼をして、短く答えた。

「たまには、着飾ってみようかな、って思って。ペルセたちはこんな所で何をしてるんです?」
「何をって――あ、う、ううん! 偶然! ぐ、偶然ねプリネシカ! プリネシカこそこんな所でどうしたの?」

 にこにこと分かりきったことを問うプリネシカと、慌てたように答えを返すペルセルテ。コーティカルテは半眼でプリネシカを不躾に険しい視線を送るが、プリネシカの笑顔は崩れなかった。
 新たな乱入者を呆然と眺めていたフォロンは、そんな姉妹の会話でようやく我に返ったようだった。驚いたような、きょとんとしたような顔で声を上げる。

「……え? プリネシカ?」
「はい。なんでしょうか、フォロン先輩。ぁ――ごめんなさい、フォロン先輩。コーティカルテさん、もう少しお借りしますね」
「え?」
「む?」

 それぞれに意表を突かれたかのように疑問の声を上げるが、プリネシカはそんな反応に気付いた素振りも見せずにコーティカルテの肩に手を置いた。
 じろり、とコーティカルテは冷たい目でプリネシカを見上げる。

「……なんのつもりだ」
「いえ、特にこれといって他意はありません。けどコーティカルテさん、今日は私に付き合ってくれるって約束しましたよね?」
「む」
「まさかアパの名を冠する精霊が、約束を反故にする――なんてことは、ありませんよね?」

 鉄面皮のような笑顔で、当然のようにそんなことをのたまうプリネシカ。
 コーティカルテはあからさまに顔を顰めた。普段であれば、何をふざけた事を、の一言で済ます言葉ではあるが、そういう言われ方をされると事情が多少は違ってきてしまう。コーティカルテ・アパ・ラグランジェス。その名前は、意味を知る者にとってあまりに高貴な立場にあることを示すものだし――そうでなくとも、相手はプリネシカだ。生粋の人間相手にそういう言い回しをされるのとは、また多少、立場が異なってきてしまう。
 頷きも否定もせずに小さくうなるコーティカルテ。プリネシカはしばらくそんな紅い少女を眺め、やがて破顔した。ごめんなさい、と苦笑交じりに言い、その顔をフォロンとペルセルテへと向ける。

「所でフォロン先輩たちは、このあと何か予定でもありますか?」
「え? そうだね……とりあえず、お昼でも食べようかってことになってたけど」
「あ、丁度いいですね。私たちもそろそろお昼にしようと思っていたんです。ご一緒してもいいですか?」

 え、という驚き混ざりが混ざった疑問の声は、フォロンとプリネシカを除く両名の口から同時に紡がれた。
 プリネシカは双子の姉と、生粋の精霊である少女の顔を交互に見やり涼しい顔を向けた。この辺りが、お互いに妥協点じゃないですか――と、静かに提案するかのような笑み。
 コーティカルテはプリネシカを、フォロンを、そしてペルセルテを順番に見遣り、逆回りで面々を見回していたらしいペルセルテと視線を合わせた。お互いに言葉も無く、不承不承、同時に頷く。
 心底から不本意ではあるが、アイコンタクトがこれ以上無く正確に成立した瞬間だった。
 それを見て取ったのか、ん、とプリネシカが嬉しそうに呟く。

「じゃあ、そういうことで。いいですか、フォロン先輩?」
「僕は別に構わないけど……プリネシカこそ、いいの? コーティカルテに用事があったんじゃ」
「ありましたけど、もう終わりました。食事は何処で摂るつもりだったんですか?」
「お店はペルセルテが案内してくれる、って話だったんだけど」
「そうなんですか? ペルセ、何処で……あぁ、あのお店ね? 新規開発地区に出来た」
「え、あ、うん。そのつもり、だったんだけど」
「それなら私も知ってます。パスタの美味しいお店ですよ」
「へぇ、そうなんだ」
「はい」

 自然な笑顔でフォロンと会話を続けるプリネシカ。二人とも何かを気取っている風ではないが、だからこそ、全てがとても自然のようで、そんな二人が寄り添う姿は陳腐な物語に出てくる若い恋人同士であるかのよう。
 その後姿をぼんやりと眺め、ふと顔を横に向けると、似たような動作でこちらを見たらしいペルセルテと目が合った。
 半眼のまま、ペルセルテは口を開く。

「コーティカルテさん」
「なんだ」
「……どう思います?」

 何が、とは言わない。言う必要すらない。
 コーティカルテは、自分がおそらくはこの小娘と同じ危惧を抱いているのではないかという思いを疑わぬまま、小さく肩を竦めた。

「分からん」
「……ですよねぇ」

 はぁ、と疲れたように息を吐くペルセルテ。
 と、双子の姉の嘆息に気付いたのかどうか、プリネシカがこちらを振り向いた。その顔には、苦笑のような、照れたような笑みが浮かんでいる。
 大丈夫ですよ、とプリネシカは二人に告げた。

「私は戦力外ですから」
「そ、そう」
「当然だ」
「今は、まだ――かもしれませんけどね?」

 ぼそり、と最後に何か不穏なことを付け加えるプリネシカ。
 そんな妹の言葉に双子の姉は顔を戦慄に強張らせ、コーティカルテはごくりと唾を飲んだ。油断するな、と先のコア強奪事件の時にすら感じなかったほどの緊張感の元で、自らにそう言い聞かせる。

「……どうしたの?」

 その場の渦中にありながら、何一つ事態を理解していないフォロンが、子供のようにきょとんとした顔をしていた。



[ End ]