木洩れ陽喫茶
弓道場にはまだ朝の気配が残っていた。
しんと静謐を纏う板張りの床。平日の昼間だからだろうか、弓を番える部員の姿は一人も見られない。壁に立てかけられた弓は無言のまま、己の主を待ちつづけている。この空間を支配するのは、本来ならば弓師たち。けれどこの時間に限っては、主の無い弓だけがこの空間を支配していた。
だから、俺たちは言葉の通り客人で、部外者だ。道場の隅に慎ましく正座し、呼び出した相手をじっと待つ。
沈黙は随分と続いた。耳に届くのは裏の雑木林で囀る小鳥の歌と、お互いの僅かな呼吸だけ。
指定された時刻まで、あと30分ほど残っている。
このまま静かに過ごすのか、と俺が浅はかに思っていたとき、不意に遠坂が口を開いた。
「士郎、弓って楽しいの?」
Fate/stay night after story...
いい日、旅立ち 中編
「む」
突然といえば突然、今更といえば今更の問いに、俺は思わず考えてしまう。
「士郎?」
「面白いか――――って聞かれると微妙だな。それほど身を入れていた訳でもないし」
遠坂の視線に答えることなく俺は言う。何故か惹かれるように、俺の視線は遠い的から動かせないでいた。
「やめたことに対する未練も特に無い。だから、面白いと感じてたわけじゃないんだろうな」
「……なによその答え。なんか似たようなこと言ってたわね、貴方」
それは多分、魔術の鍛錬のことだろう。そんなもの、勿論、似ていて当然だ。
「弓ってのは、魔術の鍛錬に酷似しているんだ。基本は自己を“無い”ものとし、その中心に一本の筋を通す。詳しい作法は桜か美綴にでも聞いてくれ。俺よりも巧く説明できると思う。これって、まさに魔術の鍛錬だろ?」
「じゃあ、鍛錬の代わりに弓を嗜んでたってこと?」
「嗜んでた、ってレベルでもないな。他にやることもなかったし――――ああ、そういう意味じゃ身は入ってたのか」
いつかセイバーとこの弓道場を訪れた日を思い出す。あの時美綴が言っていたことが脳裏に浮かんだ。俺は無欲だから透けやすいとかなんとか。
ふと視線を遠坂に向けると、遠坂は少し難しそうな顔で射場を睨んでいた。その表情は、なんというか、そこで弓を構える自身の姿を想像し、やめとけやめとけ、私にそれは似合わないと必死に言い聞かせているような。
なんだ。興味があるなら、言ってくれればいいのに。
「遠坂」
「え――――なに?」
「弓、構えてみるか?」
俺の想像は当たっていたのか、遠坂は小さく息を飲んだ。驚いたように俺を見、苦笑交じりに肩を竦める。
「いいわよ、別に。私だって武道の礼儀ぐらい知ってるもの。興味半分で臨んでいいものじゃないでしょ、そういうのって」
「それはまあ、その通りだけどな。でも遠坂なら自身の制御は折り紙付だろ。俺よりも巧いと思うんだけどな」
「それはそうかもしれないけど……」
伏せ目がちに言う遠坂。どうでもいいけど、俺の言葉を否定しないあたり、いかにも遠坂というかなんというか。
遠坂は壁の弓と射場を何度か交互に見つめて、やおら俺を伺うように見たあと、ぽつりと。
「……私が弓を構えても、様にならないじゃない」
顔を赤くしながら、そんなことをぼやいた。
「――――は?」
「だから! 私なんかが弓を構えても、格好がつかないでしょって言ってるの!」
こちらを見ないまま、何故か遠坂は力説する。
ええと。
「む?」
俺は思わず目を細め、日の差し込む射場を睨んでしまう。
――――時節はきっと冬の早朝。世界はあらゆる物音を排したかのように静まり返り、鳥の囀りすら届かない。
その場に静かに姿を見せるのは、白と黒の胴衣袴を纏った遠坂。射場に辿り着いた遠坂は微塵の淀みもない動作で足を開き、自身より丈のある漆塗りの和弓を流れるように構える。引かぬままの弦に添えられた手が備えているのは、二本の矢。遠坂は顔を上げ、遠い的を眼で先に射る。その精神の平静たるや、忘れ去られた太古の地底湖。波すら立ちえぬ精神を保ったまま、遠坂は弓を起こし弦を引く。柔らかい枝のようにしなる弓と、僅かな軋みを立てて緊張を張る弦。
僅かな間。
放たれた矢は空気を裂き、遠い的の中心に的中する。しかし遠坂の目はそれを見ていない。否、見る必要すらない。彼女はそう、矢が的に中ることなどとうに知っていたのだから。
それまで無風だった世界に、突然、かすかな風が吹いた。空気の淀みを清浄するそれも、この場では不要。何故なら淀むようなものはなく、そも清浄する役目なら弓者によって成されている。
故に風は、ただ遠坂の長い髪を僅かに揺らすのみ。
しかし遠坂はそれにすら気付かない。全ての雑事から身を切り離し、心を分断し、その意思は、瞳はただ的を射抜いている――――脳裏に浮かんだのは、そんなイメージ。
「どうしたのよ、士郎。突然黙り込んで」
「え? ああ、いや、遠坂が弓を構えているところを想像してみた」
「なっ――――バカ、なに勝手に想像してるのよ!」
落ち着きかけていた遠坂が、その一言でまた赤くなる。
「いや、でも、物凄く似合ってると思うぞ。うん。絶対、絵になる」
「――――ッ!」
言いたいことがあって、しかし思考がついていかないのか、真っ赤な顔のまま口をぱくぱくさせる遠坂。
その顔があまりにもかわいいので何も言わずに眺めていたら、遠坂はますます赤くなった。自分の胸に手を当て、大きく深呼吸を繰り返す。
そんな自己制御を経て、遠坂はようやく平静を取り戻すことに成功したらしい。顔の紅潮を消しきれないまま、半眼でこちらを睨みながら言う。
「なに笑ってるのよ、バカ」
「ん? 俺笑ってたか?」
「ええ、笑ってたわ。物凄く。何よ、何が面白いのよ。私が狼狽するの見て楽しい?」
楽しい、というか。
「いや、かわいいな、って」
「――――」
……あ。遠坂がショートした。
ひょっとして、いまの台詞がトドメだったのだろうか。顔は相変わらず紅潮したままぴくりとも動かない。多分目の前で手を振っても何も反応しないだろう。
そんな遠坂の姿を見て、俺は自分がにやけているのを自覚した。素直な反応を返す遠坂が、愛しくてしかたないと思う。
ええと。ついでに、この状況が傍から見たら完全にバカップルなんだろうなー、なんてことを頭の片隅で自覚したり。
遠坂はしばらく、それこそ数分レベルでそのまま固まっていたが、やがて古い機械が油もささぬまま動き始めたかのようにぎこちなくこちらを睨むと、非常に悔しそうな、実に怨念のこもった声で、
「――――バカ士郎。覚えておきなさいよ」
なんていう、負け惜しみにしか聞こえない台詞をのたまった。
美綴が弓道場に姿を見せたのは、十分ほど経ったあとだった。
それまで二人しかいなかった弓道場に、不意に訪れたその人影に俺は心から感謝する。勿論向こうが呼び出したのだから美綴がここに来るのは当然なのだが、それでも俺はその来訪が天の恵みに思えてしかたなかった。
「よしよし、来てるわね。……って、どうした衛宮。なんかマズイことでも言ったのアンタ」
「マズイというか、なんというか」
答えて、俺は思わず乾いた笑みを浮かべてしまう。
そんな俺を、横からじーっと見つめる、否、睨む遠坂。先ほどの覚えてなさい云々の台詞からこっち、一言も発することなく声を掛けても答えてもらえず、ただただその視線を向けてくるのだ。
俺の気分は完全に針の筵。いやどっちかっていうと槍の筵。
伺うように視線を向ければ、視線がかち合ったその瞬間遠坂はふん、と顔を背ける。で、こちらが謂れのない罪悪感を感じながら視線を元に戻すと、いつのまにか遠坂もこちらを睨んでいるのだ。
怒っているわけではないと思う。
ただ、その、なんというか。
拗ねてるのも、間違いないと思う。
「ま、まあいいや。大変ね、衛宮も。いろいろと」
「労うならもう少し早く来て欲しかった……で、俺たちに用事って?」
あまり長時間遠坂の視線に絶える自身もないので、出来るだけ早く話を進めようと本題を切り出す。
美綴はああ、そうだったとこれ以上ないくらいにこやかな笑みを浮かべたあと、おもむろに俺を指差し、
「衛宮。――――私の男になれ」
微塵の恥じらいも躊躇いも無く、そんなことを言ってのけた。
しばし無言の時間が流れる。
俺に指を突きつけたまま、自信満々、拒否なんてしないわよねもちろんて言うかさせないから覚悟しろこらといった雰囲気の美綴。
自分の友人の言葉がまるっきり予想外だったのか、俺に対する視線を外し、目を丸くして美綴を眺める遠坂。
そして、あまりの一言に口を利けないでいる俺。
……どこかで鳥がぴーちろちろと呑気に囀っている。
その鳴き声で現実逃避しようとした俺を、美綴は謀ったかのように現実に連れ戻す。
「ほら衛宮。早く頷きなさい」
「え――――あ?」
「何間の抜けた声上げてるのよ。アンタのことだ、告白されるのが初めてって訳でもないんだろ? なら是か非かぐらい答えるのが礼儀ってもんでしょう」
美綴の言葉には自信しかない。俺が拒否するという選択肢を想定していないのか、それとも俺の選択なんてそもそもどうでもいいのか。
「美綴。いまいち話が掴めないんだが」
「ほほぅ。衛宮、アンタ花をも恥らう乙女の告白を理解できないで済ますわけだ、へぇ」
瞳を怪しく光らせて、なんか物騒に美綴は言う。
嘘だ。何が嘘ってお前が花をも恥らう乙女ってのが絶対に嘘だ。
――――嘘だとは、思うのだけど。
なんと言うか、その視線は困ったことに完全に本気で、これが冗句とか軽口の類ではないってことが分かってしまう。
「……ちょっと綾子。どういうつもりよ」
答えたのは俺ではなく遠坂。遠坂は先ほどまでの不機嫌な顔ではなく、いや、不機嫌ではあるのだけど、さっきとはまるで別の種類の不機嫌さで美綴に食って掛かった。
「どういうつもりも何もないわ。まだ勝負はついていないでしょ? なら延長戦に突入するのが道理じゃなくて?」
猫を思わせるしなやかさで笑い、美綴は遠坂に向き直った。
遠坂は不機嫌そうに、というかこめかみに青筋すら浮かべながら反論する。
「勝負がついてないって、何のことよ」
「あら忘れたの? 敗者は勝者の言うことをなんでも聞くっていう特典付の勝負だけど」
「――――ッ。あったわね、確かに。ああもう、とんでもない不覚。すっかり忘れてた。
でも綾子、それはもう終わってるわよ。その、私は士郎と、ええと」
言いかけて、先ほどのことを思い出したのかあっという間に顔を赤くする遠坂。
そんな遠坂を見て、楽しむように――――というか遠坂「で」楽しむように、美綴は言う。
「あら、そうなの? でも私、その報告を受けてなくてよ」
「貴方ねぇ……! そ、そういうのはわざわざ報告するようなものじゃないでしょうが」
「普通はそうでしょうね。でも遠坂、私とアンタの場合はちょっと例外でしょ。なんにせよ宣言しないと、決着がつかないんだから」
「――――ッ!」
……凄い。
何が凄いって、あれほど顔を真っ赤にして本性を剥き出しにする遠坂も凄いし、それを軽く受け流している美綴も凄い。さすがは藤ねえの下で主将を務めただけのことはある。
「アンタが先に衛宮とくっついてたって言うんなら、なんで春に私のトコに言いに来なかったのよ。その時点でアンタは勝利を手放したんだからね。
そんなわけで、宣言しない限り、私は認めないわよ」
「だっ……し、仕方ないじゃない! 三年に上がったばかりのころなんて、私だって士郎が気になって動転の毎日だったんだから!!」
……ええと、遠坂。
その、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、もうちょっと声の音量下げてほしいなぁなんて思ってしまう甲斐性無し。
案の定美綴はにやりと笑うと、
「あらあら、随分と熱愛だったんですね、遠坂さん」
なんて、お嬢様言葉で言いやがった。
それは勿論遠坂の感情に余計油を注ぐわけで。
「この――――だ、だいたいなんで士郎なのよ! 柳堂くんとか間桐くんとか、綾子好みなのは他にも居るでしょ!」
「馬鹿言わないで、遠坂。私は柳堂みたいな堅物に興味はないし、間桐なんて問題外よ。そりゃここ一年で随分と改心したみたいだけど、あの我侭には付き合えないわ。
それに、アンタに完全勝利しようと思ったら衛宮しか選択肢がないじゃない。衛宮は存外いい奴だし、それになにより射で私を上回ってるってのに惹かれるわね」
真顔のままそんなことを言う美綴。その暴君ぶりたるや、あかいあくまを補って余りある。……知らなかった。この学校には、あくまが複数形で生息していたらしい。いや、あくまだけじゃない。猛獣も住んでるあたり、魔境とか魔界のレベルかもしれん、この高校。
……って、遠坂、涙目だし。
「ほらほら、どうしたのよ遠坂。アンタらしくもない。いつもの減らず口はどうした」
「――――」
遠坂は答えない。
遠坂は涙目で俺と、にやける美綴を交互に睨み、
突然、何の予備動作も見せず俺に抱きついた。
「――――は?」
「――――え?」
目を点にする俺と美綴。
そんな俺たちなんてお構いなしに、遠坂は潤んだ瞳を美綴に向ける。
「ダメ、絶対ダメ。士郎は私のだから、絶対に渡さない」
顔を真っ赤にしながら、それでも美綴を睨んで遠坂は宣言する。それがどのくらい恥ずかしい言動なのか、遠坂自身嫌になるほど実感しているのだろう。顔は耳まで真っ赤だし、伝わってくる動悸はウサギのように早い。
……というか、卑怯だ、これは。そんな泣きそうな顔で抱きしめられて、子供みたいな駄々をこねられたら、赤くなる以外の選択肢なんてないじゃないかばか。
「――――」
自分も激しく紅潮するのを感じながら、それでも俺は、どうにか美綴に向き直って口を開く。
「えっと、まあ、そんなわけだから。
俺は遠坂のことが好きだから、美綴の気持ちには答えられない」
どもりそうになるのを堪え、できるだけきっぱりと言ってのける。
美綴は暫くの間、幽霊でも見たような顔で俺達を見つめ、
「――――あははははははははは! ひっ、ひー! 死ぬ、笑い死ぬ!!」
緊張感の欠片もなく、腹を抱えて笑い転げてくださいました。
遠坂はじろりと美綴を睨むと、赤い顔のまま不服そうに言う。
「何よ、そんなに可笑しいの」
「可笑しい。可笑しいというかもう摩訶不思議じゃない! 衛宮、アンタあの遠坂をここまで壊すなんて何者?」
目元の涙、無論笑い涙を拭いながら美綴は言う。
「何者って聞かれても」
「ああ、いいよいいよ。アンタがどんなヤツかってのは大体知ってる。
でも凄い。よくあの遠坂をここまで手懐けた」
「……ふん。なによ。笑いたければ笑いなさい」
拗ねてる。絶対に拗ねてる。
遠坂はそんなことを言い、まだ俺から離れるつもりがないのか、抱きつく腕に力をこめてきた。
それを見て、どうにかといった様子で笑いを治める美綴。けれどその瞳の輝きは相変わらずだ。……ああ、なんか数年後の同窓会かなんかで笑いものにされてる自分が見える。
美綴はやれやれ、だなんて言って肩を竦めたあと両手を上げた。
「そこまでやられちゃ何も言えないわ。遠坂、この勝負アンタの勝ちよ」
「ふんだ……なによ今更。貴方、絶対私たちをからかうために今日呼びつけたでしょ」
「たち、というより主に遠坂だな。卒業する前にいいもの見せてもらえて私は満足だよ。
――――で、遠坂。私に何をさせるんだ?」
とたん、水を打ったような静けさが弓道場を支配した。先ほどまでの言い争いなんて微塵も残っていない静寂。
遠坂も普段どおりの顔つきになり、美綴を見つめている。当の美綴は動揺を示すわけでも、焦燥をもらす訳でもなく、ごく自然体で正座している。それは強がりでもなんでもなく、本当に何の遺恨もなく遠坂の言葉を待っているように見えた。
「……遠坂。俺には話が見えないんだけど」
「いいの。士郎は黙ってて」
上げた言葉は遠坂に一蹴される。
俺は二人が交わしたという約束の内容も、その規則も知らない。ただ、それが二人にとって重要な約束であるということも、二人の仲は、どんな些細な約束だろうと必ず果たすほどのものだということは分かる。
だから、俺は口を挟むことを許されない。そんな無粋なこと、するべきじゃない。
躊躇いと呼ぶには長く、長考と呼ぶには短すぎる時間のあと。
遠坂は真っ直ぐに美綴を見つめ、指を三本立てた。
「三つあるわ」
「多いね。で、なに?」
「一つ。貴方が今日士郎に告白したのは、私たちをからかうためだったのか、それとも本気だったからなのか、答えなさい」
「はいはい。本気だったよ、アタシは。だって他に適任がいないんじゃしかたない」
美綴は俺を見て、もっとも、なんて言いながら苦笑する。
「衛宮だから、じゃなかったのは確かだな。悪いね衛宮。あれだけのこと言っておきながら、結局不真面目だったんだ」
「いや――――それは、別に、構わないけど」
「……構いなさいよね、少しは。
じゃあ綾子、二つ目。私に弓を教えなさい」
「――――は?」
美綴が目を丸くする。それは俺も同感。
いま、こいつ、なんて言った?
「聞こえなかった? 私に弓を教えなさい、と言ったんだけど」
「聞こえたけど……いまからか? 一ヶ月も無いんじゃ、構えにだって入れないわよ?」
「それは大丈夫。私、多少は武道の心得があるから。弓を扱うときの心構えさえ教えてくれれば、あとは自力でどうにかなるわ」
「ふぅん。まあ、アンタがそう言うなら間違いはないか。
で、最後の一つは?」
「三つ目は――――」
そして、遠坂は伺うように俺を見、微笑みながら宣告した。
「私たちを祝福しなさい。心から」
「――――」
「――――」
息を飲む俺と美綴。反応は同じでも、その内心はまるで別だったと思う。
美綴はしばし無言で俺と遠坂を見たあと、やれやれ、なんて様子で肩を竦めた。
「凄い。恋ってのは人をここまで変えるのか」
「ッ! い、いいじゃない別に。それで、返事は?」
「分かってるよ。了解した」
苦笑交じりに美綴は答え、そして、
「――――おめでとう、二人とも。いいか、絶対に幸せになれよ?」
だなんて、最高の笑顔で俺達を祝福してくれた。
「――――」
あけすけのない笑顔に、俺は気恥ずかしくて視線を逸らしてしまう。
それが面白かったのか、美綴はその笑顔のまま言葉を続ける。
「特に遠坂。衛宮はそんなヤツだからな。お前が頑張らないと、衛宮は絶対に自分の幸せに気付かないぞ」
「ふんっ。知ってるわよ、そんなこと。私の目標はこいつを最高にハッピーにすることなんだから」
「遠坂、そんな臆面も無く……」
あまりに堂々としたその物言いに、逆に俺がどもってしまう。
「はぁ、大変だぞ遠坂。頑張れ」
と、そこまで言って、美綴は不意に笑顔の性質を変える。その。ついさっきまで遠坂をからかっていた、あの笑みに。
次に来るのが爆弾発言だって言うことを予想しながら、俺は動けないでいた。
「で、遠坂。そっちの命令は分かったけど、アンタいつまで衛宮に抱きついているんだい?」
「え――――」
遠坂が間の抜けた声を上げる。
……気付いてなかった、いや、失念してたなこいつ。未だに自分が、俺に抱きついたままだってことに。
美綴のそのことを指摘された遠坂は、見る見る間に顔を上気させ、
「――――そんなの、私の勝手でしょ」
顔を赤くし、最高の殺し文句を言ってくれた。
遠坂のそれが移ったわけじゃないけど、一瞬でヒートアップする俺の意識。
だから、多分、二人揃って馬鹿みたいに赤い顔をしていたんだろう。
美綴はそんな俺達を見て、これ以上面白いものは無いって具合に笑いつづけた。
――――結局、分かったことといえば。
遠坂と美綴の友情は間違いなく本物で、
遠坂はこんな俺に間違いなく惚れていて、
俺自身こんな遠坂を放って置けないぐらいに惚れてしまっているという、当たり前のコトだけだった――――
【続く】