木洩れ陽喫茶



 何故か寝付けなかった。

 時刻は既に零時を回り、明日が今日になっている。

 寝ておかなければならないと思いながらも、不思議と眠気はやってこない。身体はここ数日の騒動ですっかり疲れているのに、意識だけはいつまでも冴え切っていた。

 ……このまま布団の中で一人思うのも、あまり気が進まない。

 お茶でも飲もうと思い、俺は部屋を抜け出した。














 Fate/stay night after story...

 Lohengrin 後編

















 縁側には薄い月明かりが降り注いでいる。

 風は無く、道を走る車の音も無い。

 酷く静かで、世界全体が寝静まったかのような感慨すら覚えてしまう。

「――――」

 その静寂の中、一人の女性が月見と洒落込んでいた。

 俺は盆に二人分の紅茶を用意し、その傍らに立つ。

「隣、いいか?」

「ええ、もちろんですわ」

 俺の接近にはとっくに気付いていたのか、ルヴィアは微かな笑みを浮かべて俺を許諾する。

 ルヴィアが召しているのは、濃い藍色をした浴衣のような寝間着。もちろん彼女が英国から持ってきたものではなく、深山に来てから購入したものだ。その寝間着に関わらず、いま現在ルヴィアが使用している数々の日用品は、全てルヴィアが冬木で揃えたものだ。


 生活に必要な品をぽんぽんと購入してくるルヴィアに、凛が慄いたのはまた別の話。


「――――明日は早いのでしょう? 就寝されずともよろしいのですか?」

「寝るつもりはあるんだけどな。何故か眠れないんだ」

 ルヴィアの隣に腰を下ろし、淹れたての紅茶を二人で啜る。

 俺を見て、小さくルヴィアが笑った気がした。

「何?」

「いいえ。シロウが紅茶を飲まれるのを見るのは久しぶりですから、少し懐かしいと思っただけです」

「言われてみればそうかもな。こっち戻ってきてから、ずっと緑茶だったし」

 いや、一応倫敦に居たときも俺は主に緑茶を飲んでいたのだけれど、それでも凛とセイバーにあわせて紅茶と洒落込むことは多々あった。何せ倫敦、俺が納得できるだけの茶葉を扱う輸入店が見つからなかったのだ。

 けれど深山では、商店街の馴染みの店で手ごろな値段且つ上等な茶葉が手に入るので、すっかり緑茶びいきに戻ってしまったというわけだ。

 だからまあ、こうして紅茶を飲むのは結構久しぶりだったりする。

「ルヴィアは俺が緑茶を飲んでる方が良かったのか?」

「そう言うわけではございません。申したでしょう? 懐かしい、と。シロウが紅茶を飲んでいるのを見るのは――――そうですわね、こうして二人で紅茶を嗜むなど、随分と久しぶりな気がします」

 月を見上げてルヴィアは言う。僅かに緩んだ口元が、いまの彼女の機嫌を雄弁に語っていた。

「まあ、こうして飲むのは確かに久しぶりかもな」

 倫敦であったあの一件――――ルヴィアに俺の本質が知られた一連の事件。あれを境に、時計塔で有名だったらしい凛とルヴィアの確執が表向きには収まったというのが、いくらか二人の事情を知った俺が得た最後の情報だった。

 似た者同士の一流魔術師、遠坂凛とルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。

 二人の確執、鬩ぎ合い、隙あらば喉を掻っ切らんという緊張感は、俺が二人の関係を知ることには収まっているとのことだった。

 ただ―――― 一部の生徒達に言わせれば、それは間違いとのこと。確かに表面状での衝突はなくなったが、それは単に大戦が終わったかのようなもので、次に始まったが冷戦だという話。

 まあ、そんな微妙に危機感を覚える噂話は実のところ俺にはあまり関係が無く、その事件の後も俺はルヴィアの洋館で執事の真似事を続けていた。

 事件の前後の違いはといえば、凛の工房にルヴィアが頻繁に顔を出すようになり、ルヴィアの洋館に凛がしょっちゅう遊びに来るようになったということだろう。

「シロウ、如何致しました?」

「あ、いや、少し倫敦に居た頃を思い出してた。宝石の一件からこっち、考えてみれば俺と凛、セイバー、ルヴィアは大体いつも一緒だったな、って」

 考えても見れば凄い話だ。魔術師にとっての総本山、時計塔の主席候補者が二人に最高の英霊が一人。まあ俺はおまけとして、知る人が見れば腰を抜かすか逃げ出すかしても、なんら疑問は無いような一行パーティーだったわけだから。

 俺の言葉に、そうですわね、とルヴィアは頷く。

「我が事ながら不思議ですわ。何故あのような状況が成立したのでしょうね」

「俺に分かるわけ無いだろ。俺なんか本当におまけだったんだし」

 その言葉に卑下は無い。凛に連れまわされ、ルヴィアに着きあわされ、セイバーに食事を催促され、やっていたことといえば三人の身の回りの世話としか言い様が無いのだから。

 けれど、ルヴィアは僅かに目つきを鋭くして俺を睨んだ。

「それは違いますわ、シロウ・トオサカ・・・・。私たちの中で、中心は紛れもなく貴方だった」

「は? 何言ってるんだよ、ルヴィア」

「本当のことですわ。私も、セイバーも、トオサカも――――リンも、でしたわね。貴方ももうトオサカなのですから」

「う」

 くすりと笑うルヴィアに、俺はうめいてしまう。

 俺たちが英国から帰国して、既に二週間。

 その間に俺は俺の親権保有者であるライガ爺さんに、凛は凛の親権保有者である教会の神父にそれぞれそのことを伝え、結婚の了承を貰った。一番の難儀事が終わったと安心したのもつかの間、俺たちが渡英していた間に何故か親友となったらしいライガ爺さんとその神父さんが勝手に結婚式の段取りを決めたのを事後承諾で聞かされ、それからはもうてんやわんやの大騒ぎ。




 途中で寅が吼えたり虎が吼えたりトラが吼えたりタイガーが吼えたりしたが、それはまあいいとして。




 結婚式を前日に控えた今日――――正確には昨日か。俺と凛はようやく市役所に書類を提出し、無事配偶者同士となった。

「ですが意外でしたわ。私はてっきり、リンがエミヤの姓を名乗るのだとおもっていました」

 ルヴィアは口元の笑みを手で隠す。

 けれど、その眼は明らかに事情を知っている者の輝きだった。

「俺もそう思い込んでたんだけどな。凛が、これだけはどうしても譲れないって言うし……まあ、俺も固執するほどじゃないしな。俺が遠坂姓を名乗ることになったよ」

「あら。シロウ、貴方はエミヤの名にこだわりがあると、私はリンからそう伺いましたが?」

「いや、無いってワケじゃないけどな。俺は元々死にかけたところを切嗣に拾われて養子になったんだから――――ああ、確かに、こだわりはあったのかもしれないけれど」

 衛宮切嗣。俺の親父にして、正義の味方。

 自分ではなく、この俺が助かったことに涙した、俺の養父にして遊び人。

「――――でも、俺は」

 確かに望んだ。衛宮切嗣セイギノミカタの跡を継ぐことを。

 確かに掴んだ。幸せな毎日と、そこに居る家族とを。

 けれど、いや、だからこそ。

「俺は、衛宮の名を継ごうとは思わない。継げるなら継ぐに越したことは無いけど、継げないなら継げないでそんなに問題があるとは思えない」

「あら、何故ですか?」

「だって、そんなのは名前だけじゃないか。衛宮姓そんなものが無くても俺は切嗣オヤジの息子だし、後継だし、正義の味方だ」

 例え、幾千幾万の裏切りの後に過去の衛宮士郎を否定するエミヤシロウになったとしても。

 仮に、どこまでも走りつづけるこの道に正解が無く、それが救いようのない愚戯だとしても。

 この思いは。

 その決意は。

 俺と、そして衛宮切嗣が抱いた理想は、それ自体は絶対に間違っていないと思うから。

 だから俺は、衛宮オヤジの姓に思い入れは合っても未練は無い。

「俺が継ぐのは親父の理想で意思で希望で夢なんだ。名前じゃない」

「……よく分かりました。そういう考え方も、確かにありますね」

 言って、ルヴィアはことりとカップを置いた。

「お茶請け、欲しかったかな?」

「結構ですわ。もう寝る時間ですもの。余計な食事は致しません」

 軽やかに答えるルヴィア。

 ……む。セイバーに聞かせたいぞその言葉。

 ルヴィアは月を見上げ、どこか懐かしむように言葉を馳せる。

「どこまでお話しましたか――――そう、シロウ、貴方が私たちの中心だったというところまででしたね」

「ん? だからルヴィア、それは」

「間違いではありませんわ。リンは貴方を中心にしていましたし、セイバーも貴方を中心にしていました。それは事実でしょう?」

「――――仮にそうだったとしても、その言い方は嫌だ」

「え?」

「俺たちはどちらかがメインでどちらかがサブってワケじゃないからな。中心じゃなくて――――同列、ならまだ頷ける」

「……そうですわね。先ほどの言葉は失言でした。取り消しますわ」

 苦笑を滲ませるルヴィア。

「同列……そうですわね、その言い方の方が正しいのかもしれません。ですが、事実として、あの二人がシロウと共に日々を送っていらしたのは事実でしょう?」

「それは、まあ、そうだけど」

「その自覚はおありのようで安心しましたわ、シロウ」

 不思議と安心した顔でルヴィアは言う。

 と、ルヴィアはこちらを見るとにこりと微笑み、

「でしたら、私も貴方と共にいる道を選んだということを付け加えてくださいますか?」

 なんてことを、寂しい笑顔で言ってきた。

「……ルヴィア?」

「言いましたでしょう? 私たちの中心に、貴方がいらしたと」

 そうしてルヴィアは身体をこちらに向けて、小さく呼吸。




「――――シロウ」




 吐かれた息には、僅か熱が篭もっていて。

 こちらを見つめる眼差しは、驚くほど真摯で。

 まるで、決して明かしてはいけない秘密を疲労するかのように。







「私と、一緒に生きません?」








 ルヴィアは、そう言った。





























 シロウが二杯目の紅茶を用意するために場を離れたのを待ち、私は物陰の彼女に声を掛けた。

「リン、そろそろ出ていらしたらどうですか?」

「……ふん。やっぱり気付いてたのね」

 苦々そうに言いながらリンは姿を見せ、私の隣に腰を下ろす。

僅か数度の呼吸の跡、リンは私を見ながらきっぱりとした口調で、

「ルヴィアゼリッタ、あなた何を考えているの?」

 と私の行いを弾劾した。

「なんのことでしょうか?」

「とぼけないで。まったく、あれだけ堂々と士郎を堕とそうとしてまだそんなことを言うなんて、往生際が悪いわよルヴィアゼリッタ」

「あら、心外ですわ、リン。私、シロウをどうこうしようとしてあのような言葉を告げたのではありません」

「……何言ってるのよ。あれ、明らかに告白だったじゃない」

 半眼でこちらを見ながらリンは言う。

 そうですわね、と私は頷いた。

「ええ、それは事実ですわトオサカ、いえ、リン。先ほどの言葉は確かに私の本心です。けれどその程度のこと、貴方も既に見抜いてらしたのでしょう?」

「……」

 リンは答えない。

 けれど逸らされた瞳と、その無言が、何よりも雄弁に答えを語っていた。

 私は小さく頷く。

「私は確かにシロウを慕っています。その気持ちに偽りはありませんが――――シロウの結論を変えるほどの力は、ありませんわ」

 シロウの返事を思い出す。

 私の、小細工抜きの真正面からの告白に返された、単純で、いかにもシロウらしい、断りの言葉を。

「これは私なりの結末、結論ですわ。シロウの返事は簡単に思い描けましたし、事実、そのとおりでした」

「……じゃあ何? ルヴィアゼリッタ、あなた士郎に断られるのを承知した上で、敢えて士郎に苦い思いさせることを尋ねたっていうの?」

「ええ、そうですわ。……リン、貴方は笑いますか? 貴方に太刀打ちできなかった女の――――それも魔術師としてではなく、女として太刀打ちできなかった私の、浅ましい嫉妬です。お笑いになられても結構ですわよ」

「……」

 リンは何も返さない。

 ただ静かに口を結び、私と同じように夜空の月を見上げている。

「――――」

 自分ではああ言ったけれど、リンが私を嘲笑ったり、まして恨んだりするとは到底思えなかった。

 なぜなら。

「私があなたの立場なら、きっと同じ事をしたでしょうね」

 ぽつりとリンが呟いた。

 横目で私を見るその視線は、紛うことなき魔術師のもの。

「最善が無理なら次善、つまりはそういうことでしょう?」

「端的にいえばそうですわね。私の先の告白は呪いとなり、いつまでもシロウの胸に刻まれるでしょう」

 そして、刻まれるのは、穿たれるのは言葉だけではない。

 その発言者である私も、その傷跡には常に在り――――私の存在を、シロウが忘れることは出来ないだろう。

「我ながら陰湿な手段だとは思いますわ。けれど、他に納得できる方法もありませんでしたから」

「……まったく。自覚があってなお行動するって、本当に性質が悪いわよ」

「承知しておりますわ」

 リンの文句に短く返し、私は立ち上がった。

「では、一足先に休ませて頂きますわね」

「ちょっと待ちなさいよ。士郎、お茶を淹れに行ったんでしょう?」

「ええ、私の分もお願いいたしましたわ」

 私は笑って、頷く。

「ですから、あとは二人でお楽しみなさってください」

「……アンタ、はなからそれが目的?」

「さて、どうでしょうか。ですが私、本当に申し訳ないと思っていますわ。シロウにあのような言葉を掛けたことは、此処に謝罪いたします」

「そんなの、私にするべきものじゃないでしょう。それは士郎に言ってあげて」

「あら、それこそ無意味ですわ。これ以上、私という呪いを残すのも宜しくないでしょう?」

「……」

 リンは黙って私を見上げる。

 その、非難であり哀れみであり憤りであり感嘆である視線を笑みで流し、私は軽く一礼した。

「それではリン、おやすみなさい。それと――――」







 寝所に向けようとした足を一度止め、肩越しにリンを振り返り。







「ご結婚、おめでとうございます」

「――――ありがと、ルヴィア」




 そうして私は一人部屋に戻り、眠りに落ちた。

 夢は見なかったと思う。






























 翌日、結婚式当日。

天気は馬鹿みたいな快晴で、気温は夢みたいな穏やかさだった。

 俺と凛の結婚式場になったのは、丘の上にあるあの教会。

 俺には、否、俺たちには思い入れがありすぎる場所だ。

 しかし、いや、だからこそ。

 その場に纏わる記憶の最後を、心温まるものにしようとして、俺たちはそこを選んだ。




 式は恙無く進む。

 参列者はセイバーやルヴィア、そして一成、慎二、美綴や桜といった友人集。弓道部に在籍していた頃の顔見知りも数多く出席してくれた。

 そんなみんなの笑顔に照れながら、俺たちは神父の前で誓いを交わし――――























「ちょぉっと待ったーーーーーーーー!」




 だがーん、と音を立て、教会のドアが開かれた。

「……」

 何事かと目を丸くする一同含む俺。

 そんな全員の注目を一身に浴びるのは、たったいま教会のドアを蹴破り(比喩に非ず)入り口に仁王立ちする藤ねえの姿。


「……あの馬鹿孫」

 視界の端でライガ爺さんが頭を抱えている。


「……タイガ、その服装はいったい」

 比較的近い席にいたセイバーがそんなことを問う。

 その疑問は当然だろう。

 なにせ藤ねえ、どこで調達したのか薄黄色のウエディングドレス姿。

「ふ、ふふふ」

 肩を震わせ、藤ねえは笑う。

 その瞳がぎらーん、と光ったのは決して俺の気のせいではないだろう。

 動いたら多分、喰われる。飢えた野獣、いや怪獣を目の当たりにしているかのような錯覚。

 故に、誰も動かない。いや、動けない。

 そんな俺たちを他所に藤ねえはひとしきり笑うと、やおら俺――――じゃない、俺の隣、俺と同じように呆然と藤ねえの方を見る凛を指差した。

 ちなみに凛のウエディングドレスは、鮮やか過ぎるワインレッドである。

「遠坂さん!」

「は、はい、何でしょうか藤村先生」

 まあ当然といえば当然かもしれないが、さすがの凛もそんな藤ねえの雰囲気にたじろぐ。

 藤ねえは我正義也とばかりに堂々と教会を縦断し、俺たちの前まで来ると――――



「恋愛は、奪ってこそ価値があるのよ!」



 などと叫ぶが早いか、俺の腕を掴んでいきなり走り出した。

「っていきなり何するんだ藤ねえー!?」

「煩い士郎! お姉ちゃん、あんな小娘なんかに士郎を上げたりしないんだからね……!」

 藤ねえの手を振り払おうとするが失敗。つか腕、腕が千切れるっていうかもげる肩から!

「大人しくしなさい士郎!」

 俺の抵抗が癪に障ったのか、藤ねえは俺の手を引きながら後ろ足で起用に俺の足を払い、ぐいと身体を引き寄せ二点保持を開始する。

「ば、いい加減に離せ、なに考えてるんだ藤ねえは!」

「いいから黙ってなさい!」

 だー、と俺を保持したまま藤ねえは来た道を逆走、外に出るとそこに停めてあったオープンカーに俺の身体を投げ込んだ。

「がっ!?」

 結構派手にたたきつけられ、変な悲鳴を漏らす俺。

「ちょ、ちょ藤ねえ」

「ふふふ、逃がさないわよー」

 がちゃんと、どこからか取り出した手錠で俺の手首とシートを結びつける藤ねえ。その眼に既に正気は無い。

 ってさすがにそれ洒落にならないんですけど!?

「略奪愛ばっちぐー!」

「ばっちぐーじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 俺の悲鳴も空しく、オープンカーは規格品とは思えない加速をみせて教会から一気に遠ざかっていった。































「ばっちぐーじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 士郎の悲鳴で私は我に返った。

 慌てて周囲を見渡しても、瞳に自分を取り戻しているのは僅か数名しかいない。

 ただ現状は明らかで、その馬鹿馬鹿しさも明らかだった。

「何考えてるのよ藤村先生は……!」

 毒づきながら私は客席に駆け寄る。向かった先は、流石私の親友、すっかり事態を把握しなおにやにやと笑っている美綴綾子。

「綾子、車貸しなさい」

「はいよ。もってけ。――――いや、けど本当に最高だよアンタたち」

 悪いけど、綾子の皮肉に答えている暇は無い。

 私は差し出された車のキーを引っつかむと、

「セイバー、ルヴィアゼリッタ、行くわよ!」

 戦力になりそうな二人に声を掛けた。

「――――はい」

 頷くセイバー。そして、

「あら、私もですか?」

 意外そうな顔をするルヴィアゼリッタ。


 ――――何を今更。水臭い。


「ええ、そうよルヴィアゼリッタ。ああなった藤村先生はセイバーの手に余るかもしれないもの。友人として、手を貸して頂戴」

「……ええ、分かりましたわ。友達として協力いたしましょう」

 私も似たような笑みを浮かべているのだろう。苦笑が混じったような笑顔で答えるルヴィア。

「じゃ、綾子、車借りるわよ!」

「ああ、ぶつけんなよー」

 手を振る綾子に別れを告げて、私たちは駐車場の車に乗り込んだ。

「リン、運転の経験は」

「私に出来ないはずが無いでしょ!」

 その返事にセイバーが軽く青ざめたがいまは無視。

 私はキーを回してエンジンを掛けると、ギアをローに入れてハンドブレーキを解除、思いっきりアクセルを踏み込んだ。

 激しい排気音を残しながら、綾子愛用のフィアット500が猛スピードで駐車場を脱出、坂を下り始める。

 すでに視界のどこにも士郎を拉致したらしき車の姿は見えない。

 けれど、私に士郎の居場所がわからない筈こそが無い。

「ああもう、本当、世話が焼けるわね……!」

「シロウらしいといえばシロウらしい事態ですわね」

 何が楽しいのか、にこにこ笑いながら後部座席でルヴィアゼリッタがほざいた。

「リン、安全運転で」

「士郎の身体のほうが危ないわよっ」

 青進め、黄色注意で赤勝負!

 一刻も早く追いつくべく、アクセルベタ踏みで先を急ぐ。

 法定速度を軽く無視した速度で車は先に進むが、士郎を乗せた車の姿は何処にも見えない。




 ああ、もう、本当に。

 認めたくは無いのだけれど。

 私たちのエンドロールは、まだ少し先の話のようだ――――





【完】