魔法使いと過ごす部屋


 1.調声



 夜。
 冬を迎え、クリスマスの装飾で色付いた町を夜の闇が覆っていた。夜も眠らない街、という言葉ですら既に古い。
 無数のネオンに照らされて、無数の喧騒に彩られ、
 そこに広がる様は確かに昼間のそれと変わりがない。

 そんな町の郊外に、彼女たちは集まっていた。

 かつての好景気に建造され、不況の波に必要性が押し流されたいくつもの廃ビルが立ち並ぶ、その一角。
 朽ちゆく最中の廃ビルの、その屋上。灰色のステージに数多くの人影が並んでいた。
 ネオンの明かりも、人々の喧騒もここまでは届かない。

 ただ、無音。

 仄かに青い月明かりが、そこに集った何人もの、何十人もの人々をぼんやりと映し出している。
 そこに統一性というものは、微塵も見当たらない。集っている人間の年齢、性別。あるいは人種までもが
 ばらばらだ。敢えて共通点を挙げるとすれば、それはその目に宿る静かな輝きだろうか。

 彼らは沈黙を守りつづける。
 微動だにすらしない。
 もし彼らの中に精巧なマネキンが混ざっていたとして、いったい誰が見出しただろう。

 肌を切るような冬の風は、彫刻と大差ない人々の合間を吹き抜けていく。

 どれだけ時間がたっただろうか。
 不意に一人の男が、その両手を空に浮かぶ月に掲げた。
 雲はない。
 満ちた月がそこに浮かんでいた。
 時刻はじきに夜半。


 ――――月が一番高く揚がるとき。

 男のその動作が引き金であるかのように、他の人々もまた、月に向かって手を掲げる。
 誰かが唄いだした。
 リズムもなければ歌詞もない、純粋な音としての唄を。
 それに他の者が一人、二人と加わっていく。
 全員が唄い出したとき、それはもはや唄ではなくなっていた。
 それぞれの人間がそれぞれの言葉を、それぞれの言語で紡ぐそれは、
 もはや轟≠ニしか表現できないものであった。

 空気が震える。
 ばらばらな言語。
 一つの願い。
 この場に集まった七十三人もの喉から発せられる祝詞が、呪言が、
 叫びが一つの歪みを生む。

 彼らは心から祈った。





  ――――壊れてしまえ、と。









 ◇




 彼女が言っていた地盤の崩壊――――人為的になされた地震が起こるその瞬間を、
 僕は、ベッドの中で迎えていた。




 

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